まじかる☆タルるートくん第9話「友情のタコ焼き!」
当方の環境では1秒に30フレームあるところを、記事を書くに当たって5の倍数フレームは無視して1秒24フレームとしています。予めご了承ください。
原画が河野さんと梨沢さんの二人しかいないため、残念ながら粗いです。ただし粗いといっても河野さんなので、偏差値68くらいはありますけど。
Aパート
cut3。本丸の正面フォロー走りです。たこ焼きを両手で持ちながら急いで走る本丸というのが主題です。1枚目両手のみを上げます。2枚目手に身体が追従します。すなわち身体が上へ動くということです。それに伴い足がインしてきます。3枚目身体と手が下へ戻ります。4から6枚目は1から3枚目の反対方向への動きです。このような計6枚の2コマリピートで主題を見事に表現しています。
まず1・2枚目のようにパーツを順に動かす、つまり先行動作に追従するというのは良いアニメートの基本です。ただし、このカットで追従するアクションは1枚で、しかも2コマ打ちなので、先行動作に釣り合うだけの動きではありません。一応書いておくと、こういうのは追従する動作がメインなので、比率は一対一にはなりません。ここではあえて一対一にして安定を崩すことで、落ち着かないアニメートにしている訳です。そして5枚目のみ口が開いたり、2・5枚目で突然足がインしてくるのも普通なら何らかの予兆があって然るべきなのに、そんなの一切ありません。これもあえて崩しているんです。スペーシングが狭いのも、2コマ打ち6枚リピートという短い時間内ではアクションがガタガタするので主題を表すのに相応しく(スペーシングが広いとパカパカして変)、よりガタガタさせるために身体を左右斜めに傾けています。
cut4。昔のアニメを見ていると、扉を勢いよく閉めるとき扉がビョイーンと変形するのをよく見ます。ここでもそれが使われていて、初見ではマニエリスムだなあと思ったのですが、よく観てみるとさすがの河野さんでした。本丸が扉を開けるとき、ロングのアクションなので誇張して、ノブを引くときに身体も一緒に倒します。そのエクストリームで2コマ空いています。このカットはここ以外全て2コマ打ちです。一つ読点を入れて落ち着かせておくのはさすがです。また、そのアクションの後、本丸が家に入っていきます。そこでノブへと掛かっている腕が「∨」から「∧」へと変化します。こんなのはどこでも見かけるマニエラです。エレメントハンターですらやっていました。主要な扉を閉めるアクションに入る一枚前にこれが変化するのがアニメーション大国のトップに君臨する方のアニメートです。このマニエラは動きを強めます。予備動作としてそれを使うことで、単純な扉の開閉のアニメートに強烈なアクセントが付きます。そんな予備動作の後に、スペーシングをきちんと操作してやって、勢いよく閉まった扉が変形すると、アクションに因果関係が生まれ、アニメートが生命を持ちます。
cut5。キャラクターが顔を出すときに、開いた手が先ずインしてきて、そこからキャラクターの顔が入ってくるというのもどこでも見かけます。河野さんはそれを、1枚目で開いた手がインして2コマ空けて、2枚目で頭がインして、ここから2コマ打ちにして、3枚目で頭の位置をエクストリームにして、この後リアクションを2枚しています。時間の差や、アクセントとリアクションの関係を使っています。その点でやはり一歩抜けています。
cut6。たこ焼きの煙は90年代初頭の河野エフェクトでしょう。後で出てくる河野さんが描いたと思われる先生でオナニーしたら、僕の精子もこんな輪郭で飛んでいったよ。
cut9。タルの舌に掬われるたこ焼きです。ギャグシーンですから、こういうアニメートは出来るだけ滞りなく見せたいでしょう。必要なところ以外で広いスペーシングがないのと全て3コマ打ちであることでその意図を叶えながら、アニメート足りうるものを見せます。一つずつ順番にするというのはアニメートの基本のようです。それは河野さんが常にそうしているからです。アクションを裁断することでメリハリが出るんでしょう。1・2枚目で真っ直ぐインしてまずきちんと見せ、3・4枚目で舌を曲げて掬うための先行動作をして、5枚目で一気にたこ焼きの下に舌を滑り込ませて、6・7枚目でたこ焼きがきちんと乗るようバランスを取って、8枚目でスペーシング広く掬い上げて、9枚目舌できちんと巻き込んで、10・11枚目で真っ直ぐアウトさせます。
cut10。本丸の怒り。6から9枚目で上体を上げてエクストリームにしています。副次的なアクセントです。それは勿論マニエラが補完して、コマ打ちがそれぞれ3コマ打ち・2コマ打ちとなっていることや、エクストリームで3コマ空けていることで分かります。10枚目で正面に顔が大きくきてここがアクセントです。何故ならこの段落の一文目が主題だからです。このカットは今回の話のポイントなので、アクセントの連続で仰々しいアクションにしています。アクセントの後には、張っていた肩を下ろしてリアクションをしています。
本シークエンス、この後はしばらくギャグで、アニメートが(描画と混同しないように)大幅にデフォルマシオンされます。そんな中でも違いを見せるのが河野さんのはずですが、何せ原画が二人なので、無難にこなしてしまっています。故に少し飛ばします。
cut37。このタルるートが本丸の部屋を飛び出した後のシークエンスからしばらくは梨沢さんでしょうか。cut5のようなこのタルるートのアクションも、エクストリームの描画や前後のスペーシング・タイミング・コマ打ちがやや大人しいため、cut5と比べるとイマイチです。
cut40。タルが頭に手をやるこのカットを下手糞フィリピン人にやらせると、先ず間違いなく手と共に目線が段々上へと移動していくんでしょうね。TAPの動画マンが集団自殺すればいいのに。ゴミ映画やゴミTVアニメ(ここ3ヶ月以内に見られる出来のプリキュアはありませんでした、勿論河野さんの回を含めて)を作ったり、動画教育をしなかったりするところを見ると、東映は手描きから離脱しようとしているようにしか思えません。
cut48。ここも河野さんっぽくない。タルがATMに飛び乗るときにフォロースルーが一切ないところが手掛かりです。またさっきと同じcut5を見れば違いが分かりますし、同シリーズ第4話の河野さんと予想したところでもきちんと入っていました。まあ、この銀行のシークエンスでは煙のエフェクトが違うことで簡単に分かるんですけど。
cut60。首を振るアクション時、このカットののように目線は対象に向けていていいんでしょうか。そうすると、アニメーションのキャラクターの目は大きい為、目の玉の移動のスペーシングが広くなって不安になります。
cut76。振り向きを変になっていないかどうかチェックしないで済むなんで、何て素晴らしいことなんだろう。たまたま目に付いたこの銀行員さんの振り向きを見てみても、何ら問題はありません。それどころか、普通なら1枚目で瞬きないし目線の移動を開始させるところを、銃を突きつけられたという状況を考慮して、まず銃をぐっと見てから振り向かせています。フィリピン人にこういう動画が描けるのか。お前ら正直言って邪魔だから死んでくれない?
以下cut133まででAパートが終わります。一気にすっ飛ばしましたけど、何か特筆すべきところはありましたか。パート判別ごときにご執心の貴方には判断出来ないでしょうけどね。
Bパート
いよいよ時間がなくなってきたのか、Bパートに入ってからの河野さんと思われるところは、殆どが3コマのベタ打ちになっています。時折ハッとさせるアニメートはあるんですけど、リミテッドなアニメートの相対性を体現するには程遠いです。
cut170。下着ドロの足がアップになるここからは河野さんだと思います。
cut171。のんも河野キャラのおっぱいを吸いたいのれす。
例えば上半身裸の今野宏美さんと河野さんが描いた上半身裸の女性の絵が同時に目の前に現れたとしても、絶対に河野さんの絵の乳に吸い付きます。いやその前に、アニメーションと違って河野さん自身の線のはずなので、それを隅々まで観察してから吸い付きます。こんな頭が変な人に好きなことでの審美眼で差を付けられて、作画に詳しい気取りの人達はどうやって合理化するんだろう。想像しただけで笑える。
cut175。cut170からが河野さんだという一番の根拠はこのタオルを取るアクションです。手首と前腕で作られるラインが、タオルにコンタクトしているときには「∨」になっていますが、タオルを引くと「∧」へと変化します。その間手はオーバーラップさせ、その変化が終わるとスペーシング広くタオルが引かれ手はアウトしていきます。したがって、この狙いはcut4と同じでしょう。
ただし2コマでスペーシングを広く取ってコミカルな印象を与えることに成功していたcut4とは異なり、ここは3コマですが、別に1コマでも変わりません。環境を考慮しなければ3コマである意味がありません。その点でリミテッドなアニメートの相対性を体現しているには程遠いので残念です。
cut178。河野パンチです。僕の中でのパンチアニメートのベストは、フレッシュプリキュア!第14話の藤井さんパートだと思われる1コマディレイパンチなんですけど、これもなかなか良いです。
まず画面には先生の頭があります。アクションのどこかは関係なく、画面外にあった顔をインさせるというのは河野さんならお馴染みです。先生の顔が画面一杯に入ったら作画T.Dしていって腰辺りまでインします。アオっています。そしたら次は3枚使ってパンチしない方の左手が画面を覆います。この3枚目の右手のエクストリーム具合が最高です。要するに副次的なアクセントを作っている訳ですけど、そんなのよりその右手から肩へと続くライン、それに突き刺さる身体のライン、それらに呼応する親指を除くライン、総てを右斜めが支配する恐ろしいほどに勇ましい画面をご覧下さい。こういう見方をすべきなのは、手前の左手の親指から人差し指へと続く輪郭線が先生の上半身を切り取っているからで、手前と奥とでは圧倒的な明暗対比が取られているからです。これでもうお腹一杯なのに、殴るアクションに入る右手への物凄いスペーシングの作画T.U4枚なんてさながら焼肉の後の豚骨ラーメンで、幸せ過ぎるけど胃がもたれて死にそう。1枚目に先生の顔が正面アップでドン、2枚目でその恐ろしい顔が右端に見切れていて、奥に効果線と共に物凄いパースを利かせて小さくなっている右手、3枚目で一気に右手に寄って、4枚目は拳のアップで終わり。あーあ、結局ラーメン屋を出た瞬間店の前で吐いちゃった、みたいなアニメートでした。
cut184。下着ドロが「快楽ズゴビューだ」と名乗るアクションなんて河野さんの独壇場のはずなのに、勿体無いなあ。手に持っているブラが風になびくところなんか最高なのに、全体的なアニメートとしてはちょっと。時間があればもっと出来たはずです。
cut189・190。快楽ズゴビューのアクションも悉くベタ打ちなんですよねえ。本当に勿体無い。
cut195。手すりに走ってくる先生です。ナージャの6話でもこんなのありました。でもベタ打ちだとなあ。
cut207。先生の口が色パカしています。タルるートくんの前の河野さんの回もそうでしたが、必ず明らかな色パカがあります。
cut221・235。先生が感じているこれらのカットは、当然の抜きどころです。
後は見所が無いので、そしていっぱい出たので、ここで終わりにします。
この河野さんの回のアニメートより、永島さんが参加されていた次の回の方が凄まじかったです。今日放送された次の次の回も良くて、ANIMAXでこの間まで放送されていた1992年のセーラームーンのアニメートが古臭すぎてまともに観られないのに対し、1990年のタルるートくんのこの強固さはどうでしょう。やはり正しい技術は20年程度の年月なんて簡単に超えるということです。白雪姫を観ていない(白雪姫も観ていない人にバカにされる気分はいかが?逆に白雪姫を観ておいてあの程度のことしか考えられない人って(笑))ので、これで初めて実感しました。
原画が河野さんと梨沢さんの二人しかいないため、残念ながら粗いです。ただし粗いといっても河野さんなので、偏差値68くらいはありますけど。
Aパート
cut3。本丸の正面フォロー走りです。たこ焼きを両手で持ちながら急いで走る本丸というのが主題です。1枚目両手のみを上げます。2枚目手に身体が追従します。すなわち身体が上へ動くということです。それに伴い足がインしてきます。3枚目身体と手が下へ戻ります。4から6枚目は1から3枚目の反対方向への動きです。このような計6枚の2コマリピートで主題を見事に表現しています。
まず1・2枚目のようにパーツを順に動かす、つまり先行動作に追従するというのは良いアニメートの基本です。ただし、このカットで追従するアクションは1枚で、しかも2コマ打ちなので、先行動作に釣り合うだけの動きではありません。一応書いておくと、こういうのは追従する動作がメインなので、比率は一対一にはなりません。ここではあえて一対一にして安定を崩すことで、落ち着かないアニメートにしている訳です。そして5枚目のみ口が開いたり、2・5枚目で突然足がインしてくるのも普通なら何らかの予兆があって然るべきなのに、そんなの一切ありません。これもあえて崩しているんです。スペーシングが狭いのも、2コマ打ち6枚リピートという短い時間内ではアクションがガタガタするので主題を表すのに相応しく(スペーシングが広いとパカパカして変)、よりガタガタさせるために身体を左右斜めに傾けています。
cut4。昔のアニメを見ていると、扉を勢いよく閉めるとき扉がビョイーンと変形するのをよく見ます。ここでもそれが使われていて、初見ではマニエリスムだなあと思ったのですが、よく観てみるとさすがの河野さんでした。本丸が扉を開けるとき、ロングのアクションなので誇張して、ノブを引くときに身体も一緒に倒します。そのエクストリームで2コマ空いています。このカットはここ以外全て2コマ打ちです。一つ読点を入れて落ち着かせておくのはさすがです。また、そのアクションの後、本丸が家に入っていきます。そこでノブへと掛かっている腕が「∨」から「∧」へと変化します。こんなのはどこでも見かけるマニエラです。エレメントハンターですらやっていました。主要な扉を閉めるアクションに入る一枚前にこれが変化するのがアニメーション大国のトップに君臨する方のアニメートです。このマニエラは動きを強めます。予備動作としてそれを使うことで、単純な扉の開閉のアニメートに強烈なアクセントが付きます。そんな予備動作の後に、スペーシングをきちんと操作してやって、勢いよく閉まった扉が変形すると、アクションに因果関係が生まれ、アニメートが生命を持ちます。
cut5。キャラクターが顔を出すときに、開いた手が先ずインしてきて、そこからキャラクターの顔が入ってくるというのもどこでも見かけます。河野さんはそれを、1枚目で開いた手がインして2コマ空けて、2枚目で頭がインして、ここから2コマ打ちにして、3枚目で頭の位置をエクストリームにして、この後リアクションを2枚しています。時間の差や、アクセントとリアクションの関係を使っています。その点でやはり一歩抜けています。
cut6。たこ焼きの煙は90年代初頭の河野エフェクトでしょう。後で出てくる河野さんが描いたと思われる先生でオナニーしたら、僕の精子もこんな輪郭で飛んでいったよ。
cut9。タルの舌に掬われるたこ焼きです。ギャグシーンですから、こういうアニメートは出来るだけ滞りなく見せたいでしょう。必要なところ以外で広いスペーシングがないのと全て3コマ打ちであることでその意図を叶えながら、アニメート足りうるものを見せます。一つずつ順番にするというのはアニメートの基本のようです。それは河野さんが常にそうしているからです。アクションを裁断することでメリハリが出るんでしょう。1・2枚目で真っ直ぐインしてまずきちんと見せ、3・4枚目で舌を曲げて掬うための先行動作をして、5枚目で一気にたこ焼きの下に舌を滑り込ませて、6・7枚目でたこ焼きがきちんと乗るようバランスを取って、8枚目でスペーシング広く掬い上げて、9枚目舌できちんと巻き込んで、10・11枚目で真っ直ぐアウトさせます。
cut10。本丸の怒り。6から9枚目で上体を上げてエクストリームにしています。副次的なアクセントです。それは勿論マニエラが補完して、コマ打ちがそれぞれ3コマ打ち・2コマ打ちとなっていることや、エクストリームで3コマ空けていることで分かります。10枚目で正面に顔が大きくきてここがアクセントです。何故ならこの段落の一文目が主題だからです。このカットは今回の話のポイントなので、アクセントの連続で仰々しいアクションにしています。アクセントの後には、張っていた肩を下ろしてリアクションをしています。
本シークエンス、この後はしばらくギャグで、アニメートが(描画と混同しないように)大幅にデフォルマシオンされます。そんな中でも違いを見せるのが河野さんのはずですが、何せ原画が二人なので、無難にこなしてしまっています。故に少し飛ばします。
cut37。このタルるートが本丸の部屋を飛び出した後のシークエンスからしばらくは梨沢さんでしょうか。cut5のようなこのタルるートのアクションも、エクストリームの描画や前後のスペーシング・タイミング・コマ打ちがやや大人しいため、cut5と比べるとイマイチです。
cut40。タルが頭に手をやるこのカットを下手糞フィリピン人にやらせると、先ず間違いなく手と共に目線が段々上へと移動していくんでしょうね。TAPの動画マンが集団自殺すればいいのに。ゴミ映画やゴミTVアニメ(ここ3ヶ月以内に見られる出来のプリキュアはありませんでした、勿論河野さんの回を含めて)を作ったり、動画教育をしなかったりするところを見ると、東映は手描きから離脱しようとしているようにしか思えません。
cut48。ここも河野さんっぽくない。タルがATMに飛び乗るときにフォロースルーが一切ないところが手掛かりです。またさっきと同じcut5を見れば違いが分かりますし、同シリーズ第4話の河野さんと予想したところでもきちんと入っていました。まあ、この銀行のシークエンスでは煙のエフェクトが違うことで簡単に分かるんですけど。
cut60。首を振るアクション時、このカットののように目線は対象に向けていていいんでしょうか。そうすると、アニメーションのキャラクターの目は大きい為、目の玉の移動のスペーシングが広くなって不安になります。
cut76。振り向きを変になっていないかどうかチェックしないで済むなんで、何て素晴らしいことなんだろう。たまたま目に付いたこの銀行員さんの振り向きを見てみても、何ら問題はありません。それどころか、普通なら1枚目で瞬きないし目線の移動を開始させるところを、銃を突きつけられたという状況を考慮して、まず銃をぐっと見てから振り向かせています。フィリピン人にこういう動画が描けるのか。お前ら正直言って邪魔だから死んでくれない?
以下cut133まででAパートが終わります。一気にすっ飛ばしましたけど、何か特筆すべきところはありましたか。パート判別ごときにご執心の貴方には判断出来ないでしょうけどね。
Bパート
いよいよ時間がなくなってきたのか、Bパートに入ってからの河野さんと思われるところは、殆どが3コマのベタ打ちになっています。時折ハッとさせるアニメートはあるんですけど、リミテッドなアニメートの相対性を体現するには程遠いです。
cut170。下着ドロの足がアップになるここからは河野さんだと思います。
cut171。のんも河野キャラのおっぱいを吸いたいのれす。
例えば上半身裸の今野宏美さんと河野さんが描いた上半身裸の女性の絵が同時に目の前に現れたとしても、絶対に河野さんの絵の乳に吸い付きます。いやその前に、アニメーションと違って河野さん自身の線のはずなので、それを隅々まで観察してから吸い付きます。こんな頭が変な人に好きなことでの審美眼で差を付けられて、作画に詳しい気取りの人達はどうやって合理化するんだろう。想像しただけで笑える。
cut175。cut170からが河野さんだという一番の根拠はこのタオルを取るアクションです。手首と前腕で作られるラインが、タオルにコンタクトしているときには「∨」になっていますが、タオルを引くと「∧」へと変化します。その間手はオーバーラップさせ、その変化が終わるとスペーシング広くタオルが引かれ手はアウトしていきます。したがって、この狙いはcut4と同じでしょう。
ただし2コマでスペーシングを広く取ってコミカルな印象を与えることに成功していたcut4とは異なり、ここは3コマですが、別に1コマでも変わりません。環境を考慮しなければ3コマである意味がありません。その点でリミテッドなアニメートの相対性を体現しているには程遠いので残念です。
cut178。河野パンチです。僕の中でのパンチアニメートのベストは、フレッシュプリキュア!第14話の藤井さんパートだと思われる1コマディレイパンチなんですけど、これもなかなか良いです。
まず画面には先生の頭があります。アクションのどこかは関係なく、画面外にあった顔をインさせるというのは河野さんならお馴染みです。先生の顔が画面一杯に入ったら作画T.Dしていって腰辺りまでインします。アオっています。そしたら次は3枚使ってパンチしない方の左手が画面を覆います。この3枚目の右手のエクストリーム具合が最高です。要するに副次的なアクセントを作っている訳ですけど、そんなのよりその右手から肩へと続くライン、それに突き刺さる身体のライン、それらに呼応する親指を除くライン、総てを右斜めが支配する恐ろしいほどに勇ましい画面をご覧下さい。こういう見方をすべきなのは、手前の左手の親指から人差し指へと続く輪郭線が先生の上半身を切り取っているからで、手前と奥とでは圧倒的な明暗対比が取られているからです。これでもうお腹一杯なのに、殴るアクションに入る右手への物凄いスペーシングの作画T.U4枚なんてさながら焼肉の後の豚骨ラーメンで、幸せ過ぎるけど胃がもたれて死にそう。1枚目に先生の顔が正面アップでドン、2枚目でその恐ろしい顔が右端に見切れていて、奥に効果線と共に物凄いパースを利かせて小さくなっている右手、3枚目で一気に右手に寄って、4枚目は拳のアップで終わり。あーあ、結局ラーメン屋を出た瞬間店の前で吐いちゃった、みたいなアニメートでした。
cut184。下着ドロが「快楽ズゴビューだ」と名乗るアクションなんて河野さんの独壇場のはずなのに、勿体無いなあ。手に持っているブラが風になびくところなんか最高なのに、全体的なアニメートとしてはちょっと。時間があればもっと出来たはずです。
cut189・190。快楽ズゴビューのアクションも悉くベタ打ちなんですよねえ。本当に勿体無い。
cut195。手すりに走ってくる先生です。ナージャの6話でもこんなのありました。でもベタ打ちだとなあ。
cut207。先生の口が色パカしています。タルるートくんの前の河野さんの回もそうでしたが、必ず明らかな色パカがあります。
cut221・235。先生が感じているこれらのカットは、当然の抜きどころです。
後は見所が無いので、そしていっぱい出たので、ここで終わりにします。
この河野さんの回のアニメートより、永島さんが参加されていた次の回の方が凄まじかったです。今日放送された次の次の回も良くて、ANIMAXでこの間まで放送されていた1992年のセーラームーンのアニメートが古臭すぎてまともに観られないのに対し、1990年のタルるートくんのこの強固さはどうでしょう。やはり正しい技術は20年程度の年月なんて簡単に超えるということです。白雪姫を観ていない(白雪姫も観ていない人にバカにされる気分はいかが?逆に白雪姫を観ておいてあの程度のことしか考えられない人って(笑))ので、これで初めて実感しました。
テーマ:まじかる☆タルるートくん - ジャンル:アニメ・コミック
映画フレッシュプリキュア!おもちゃの国は秘密がいっぱい!?
最高に泣けました。
アニメーションにおいて、キャラクターとおもちゃはアニメートされたものとして同質ですから、プリキュア達はおもちゃと重ね合わせることが出来ます。まるで人形のように、プリキュア達が生気のないアニメートをされていることでそれは証明されます。顔や腕など先端の動きに身体が追従しませんし、予備動作なく物凄く速いアクションを繰り出しますし、明らかにバレるように絵をスライドさせますし、動作の方向に目線を遣りませんし、瞬きもしません(11/5二回目を観た後に追記:走り・歩きが全て駄目、一番マシなのが最後の戦闘のCGのみ。それでも及第点未満。特にOPの正面走りは最悪、スペーシングが何故か皆同じ。止め口パク多すぎ。怖い。ラブの戦闘のシークエンスで彼女がハアハア息を切らすのは論外。河野×理恵ちゃん回の河野さんパートのイースちゃんの足元にも及ばない。ラブがうさぴょんを発見して駆け寄って来る一番盛り上げるべきはずカットで、ラブが頭を下げたときにリアクションが無いのは意味不明。アニメートの技術としては当然駄目だし、演出としては、絵画とは違って、アニメーションのキャラクターなんて動かないと感情を発露出来ないと思うから駄目。ルーレットを回すためにレバーを引くラブも全然駄目、ルーレットを勢いよく回せみたいなセリフを受けてのアクションなのに、物凄く力を入れている訳でもなく、意外にレバーが重かったという風でもなく、実は軽かったという感じでもない、意味も無く肩を張ってスペーシングも狭いでもない広いでもない)。言いたかったのは要するに「おもちゃをずっと大事にするように、プリキュアをずっと応援してね」ってことでしょう。
映画館のロビーで上映を待っていたら、プリキュアの帽子を被った幼児達が楽しそうに走り回っていました(もちろんスペーシングは小さい)。それを観察しながら「やはりプリキュアは子供達のものだ」という思いを強くしました。主題(追記11/3:寓意?)を表すために、アニメーションの根幹であるアニメートをこの映画では無茶苦茶にしたんです。また、最低なアニメートを見せることで、これが最低だと判るような成熟した連中を切り捨てにかかった訳です。
こんなクズアニメーションを観て育つ子供達のこと、そして何より一途に信仰してきたものから邪魔者扱いされたことを考えたら、涙が出てきてしまいました。子供たちは勿論、大人の中においても、全アクションコマ送りとか、全カット分析とかする程プリキュアに傾倒している人はいないだろうということがアドバンテージだったのに。劇場へは、カーペンターの方々が来ていることや、24コマ/秒で観られるバンクを楽しみして来たのに。そういうのはいらないと、これからウチは子供とバカに向けて商売していくからと宣言されると、どうしようもありません。CDを売るために特別に制作されたEDを聴きながら泣くことしか出来ませんでした。
アニメーションにおいて、キャラクターとおもちゃはアニメートされたものとして同質ですから、プリキュア達はおもちゃと重ね合わせることが出来ます。まるで人形のように、プリキュア達が生気のないアニメートをされていることでそれは証明されます。顔や腕など先端の動きに身体が追従しませんし、予備動作なく物凄く速いアクションを繰り出しますし、明らかにバレるように絵をスライドさせますし、動作の方向に目線を遣りませんし、瞬きもしません(11/5二回目を観た後に追記:走り・歩きが全て駄目、一番マシなのが最後の戦闘のCGのみ。それでも及第点未満。特にOPの正面走りは最悪、スペーシングが何故か皆同じ。止め口パク多すぎ。怖い。ラブの戦闘のシークエンスで彼女がハアハア息を切らすのは論外。河野×理恵ちゃん回の河野さんパートのイースちゃんの足元にも及ばない。ラブがうさぴょんを発見して駆け寄って来る一番盛り上げるべきはずカットで、ラブが頭を下げたときにリアクションが無いのは意味不明。アニメートの技術としては当然駄目だし、演出としては、絵画とは違って、アニメーションのキャラクターなんて動かないと感情を発露出来ないと思うから駄目。ルーレットを回すためにレバーを引くラブも全然駄目、ルーレットを勢いよく回せみたいなセリフを受けてのアクションなのに、物凄く力を入れている訳でもなく、意外にレバーが重かったという風でもなく、実は軽かったという感じでもない、意味も無く肩を張ってスペーシングも狭いでもない広いでもない)。言いたかったのは要するに「おもちゃをずっと大事にするように、プリキュアをずっと応援してね」ってことでしょう。
映画館のロビーで上映を待っていたら、プリキュアの帽子を被った幼児達が楽しそうに走り回っていました(もちろんスペーシングは小さい)。それを観察しながら「やはりプリキュアは子供達のものだ」という思いを強くしました。主題(追記11/3:寓意?)を表すために、アニメーションの根幹であるアニメートをこの映画では無茶苦茶にしたんです。また、最低なアニメートを見せることで、これが最低だと判るような成熟した連中を切り捨てにかかった訳です。
こんなクズアニメーションを観て育つ子供達のこと、そして何より一途に信仰してきたものから邪魔者扱いされたことを考えたら、涙が出てきてしまいました。子供たちは勿論、大人の中においても、全アクションコマ送りとか、全カット分析とかする程プリキュアに傾倒している人はいないだろうということがアドバンテージだったのに。劇場へは、カーペンターの方々が来ていることや、24コマ/秒で観られるバンクを楽しみして来たのに。そういうのはいらないと、これからウチは子供とバカに向けて商売していくからと宣言されると、どうしようもありません。CDを売るために特別に制作されたEDを聴きながら泣くことしか出来ませんでした。
テーマ:フレッシュプリキュア - ジャンル:アニメ・コミック
まじかる☆タルるートくん第4話「ママ、大好き!」
当方の環境では1秒に30フレームあるところを、記事を書くに当たって5の倍数フレームは無視して1秒24フレームとしています。予めご了承ください。
ずっと見逃していた「まじかるタルるートくん」の再放送がCSのファミリー劇場で開始されました。それで調べ物をしていたら、2ちゃんねるのアニメ漫画業界板の東映アニメータースレに辿り着き、その中に河野さん達のことを知りたいなどという変わり者を発見しました。実に惜しいなあ。インターネットだったら、そんなもんまずは元カーペンターの方々で、若し気が引けるなら俺に訊けや。「スジ乙女様、貴方はベストオブカーペンターストーカでいらっしゃいますから、河野チームの3人のことをお教えください。」って書いてこいや。河野さんの絵でオナニーしないどころか、全アクションのコマ送りすらやっていないであろう奴等に何が分かるって言うんだ。返答がまた見当外れで、本当に可愛そう。でも今更訊きに来たって何にも教えませーん。河野宏之で検索して最上位にくるブログより、あんなつまらないスレッドに常駐している連中の方が情報を持っていると判断したんだから、侮辱されたに等しいでしょう。俺がベストオブカーペンターストーカーだ。
お馴染の河野さん・永島さんに加えて藤井さんではなく、武藤稔さんという方が今回の原画には入っています。それについての僕の見解は絶対教えませーん。ざまーみろ、バーカ。
Aパート
cut32。伊知川累が「うそー」というカットです。教室のシークエンスは河野さんだと思います。他と比べるとエクストリームが段違いです。アニメートはリアクションだというのはどちらかと言うと通ぶった楽しみ方で、基本的にはやはりアニメートはエクストリームでしょう。普通、アクションの主題はエクストリームに表れるので、アクション内の絵はそれを強調するように構成されます。したがってアクションの出来はエクストリームが左右するのです。このカットはテイクですけど、アクセントが若干弱いので、予備動作において両手を上げてエクストリームとすることで、むしろこちらでポイントを作っておこうとしたんでしょう。当然その意図は技法に反映されます。エクストリームの絵で5コマ静止しています。また、前後の手のスペーシングを広くしています。確かエクストリーム前後のスペーシングを広くするのはよくないと以前に書いているはずですが、それはコマ打ちと連動していない為にエクストリームがきちんと見えないからというのが理由であって、ここのように前述した5コマ静止や、前後それぞれ3コマ打ち・2コマ打ちとなっているのであれば全く問題ありません。エクストリームに関係ない技法も一つ書いておきます。アクション開始前の0枚目からアクション終了の4枚目までで体が前傾から後傾へと変化します。対になるものを入れて動きを強めるというやつですね。これだけ取っても、他のシークエンスとはちょっとレベルが違いすぎます。
cut36。ここの9枚目の伊知川累でオナニーしてこそのベストオブカーペンターストーカーだ。こういうことばっかり書いてるから質問にこなかったんじゃない?
cut39。どうすればアクションが面白くなるかを常に考えているのが河野さんです。原子力がじゃば夫を突き飛ばすこのカットでは、6枚目で強く押されているじゃば夫の顔がぐにゃりと変化して画面内に残ったところから、一気に弾け飛んでいきます。もうアウトしてもいいはずなのにまだ顔があるというのが肝で、4コマ打ち3枚でゆっくり押した後、アクションが加速する直前の4・5枚目間では4コマも空けています。そして問題の5・6枚目間が2コマ打ちとなり、力が加わったことが強調されています。
cut41。色パカがあります。
cut52。さすが河野さんだわ。
cut102。タルるートくんが日向ぼっこにいくカットです。ここのタルるートくんは良いです。母親に対する子供ということを描写するカットなので、彼のアクションは幼児らしいものでなくてはいけません。この間のフレッシュの大塚隆史さんの回では、Aパートのシフォンが歩くところで、やたらスペーシングを広くしていました。街に出て幼児を観察していれば分かるんですけど、彼らの動きはゆっくりです。シフォンが初めて歩くというのも幼児らしくあって当然のはずですが、幼児=予測のつかない動きという変な思い込みの基で、もしくはまともに幼児を描けるだけの技量が無いから、取り敢えずスペーシングを広くしておけば何にも考えてない馬鹿が釣れるだろう(実際自称作画オタク様が見事に釣れた訳だけど)という、軽蔑するべきアニメートが有りました。3コマ4枚でしゃがんで4枚で足を伸ばす動作をするのが幼児です。動画も原画の注文に応えていて、きちんと足元を見て歩かせています。ここをフィリピン人にやらせると、1枚くらいはロンパってて、顔は前の方なんかを向かせているはずです。今回は振り向きも全く問題ありませんし、安心して観られます。洪水で下手糞動画マンが何人か死んでるといいんだけどなあ。
cut122。幼児の速いアクションは、使いどころを絞って、それが幼児性を増幅させるものであるべきです。タルるートくんが「ごみー」と言いながら走り出すここで使うのは正解です。
cut130。ここでタルるートくんのチンチンを勃起させるべきだと考えます。
Bパート
cut176。延髄斬りです。やることをきちんとやっていれば良いアニメートにはなります。大きなアクションを始めるときに頭を先行させ、アクセントに移行するときにスペーシングを広くとるくらいのものでいいのに、テレビで良いアニメートをあまり見かけません。このシークエンスも多分河野さんでしょう。
cut183。俯瞰のアクションの数を数えるつもりで今日のフレッシュを観ていたんですけど、一つもなかったんじゃないでしょうか。「プリキュアの作画監督」とかいうテンプレートの河野さんの欄に、「動きに定評がある」みたいなことがいつの間にか追加されていたのが可笑しくて、せいぜい「よく動く」くらいしかあんた達は言ってなかったのに、誰が書いたものを参考にしたんだろう、本当に調子がいいなあと思いまして、それならついでに「技量は下手ではない」とかいうのを「技量はプリキュアの作画監督中随一である」に変えてくれれば完璧だと思ったんですけど、いかがでしょう。このカットは、腰を抜かしている男性がカバンを拾って立ち去ろうとするアクションで、ロングですけど俯瞰ですからね。首を振るとか歩く位じゃなくて、フレッシュでこれ程のアクションを俯瞰でやったのなんて、河野さん達を除けば林さんくらいなもんでしょう。あんまり書く事が無いので、久し振りの積極的な啓蒙でした。
cut189。タルるートの舌にすくわれてハゲがひっくり返るときに3コマ空くところがあり、1アクセント入っています。体が浮いているときに少し時間をつかってやることで、足がすくわれたことがより印象に残るでしょう。3コマ空く前に2コマ打ちで2枚加速が入って速度の差が使われているのは、河野さんならもう当たり前ですね。
舌の描画も良いですね。設定に指示されている通りなのか、ずっと同じように波打ったものばかりだったのですが、ここでは捻って撓ってタルるートくんの一部として動いています。
cut234。Aパートの全裸タルるートくんも良いんですけど、今回のベストオブ幼児アニメートはここでしょう。幼女が池へ石を投げます。前述した動きの遅さは、3コマ打ち4枚の予備動作から14コマ空いて投てきを開始し、3コマ打ち2枚で手から石が離れるというように勿論入っています。それよりもここは不完全な投てきのフォームです。彼女は体を前後させるだけで捻りません。これが拙い印象を与えるのに非常に効果を発揮しています。
cut240。ブランコアニメートです。初めて観たかもしれません。アタシの初めてが河野さんでよかった。
原画パートは河野さん以外分かりません。大体永島さんがあんまり分かりません。新しいフレッシュのバンクでも藤井さんは分かったんですけど、永島さんは見当も付きません。だから河野さんだけ予想しておきます。Aパートの教室、Bパートのヤクザと江戸城家もですかねえ。公園は保留です。
ずっと見逃していた「まじかるタルるートくん」の再放送がCSのファミリー劇場で開始されました。それで調べ物をしていたら、2ちゃんねるのアニメ漫画業界板の東映アニメータースレに辿り着き、その中に河野さん達のことを知りたいなどという変わり者を発見しました。実に惜しいなあ。インターネットだったら、そんなもんまずは元カーペンターの方々で、若し気が引けるなら俺に訊けや。「スジ乙女様、貴方はベストオブカーペンターストーカでいらっしゃいますから、河野チームの3人のことをお教えください。」って書いてこいや。河野さんの絵でオナニーしないどころか、全アクションのコマ送りすらやっていないであろう奴等に何が分かるって言うんだ。返答がまた見当外れで、本当に可愛そう。でも今更訊きに来たって何にも教えませーん。河野宏之で検索して最上位にくるブログより、あんなつまらないスレッドに常駐している連中の方が情報を持っていると判断したんだから、侮辱されたに等しいでしょう。俺がベストオブカーペンターストーカーだ。
お馴染の河野さん・永島さんに加えて藤井さんではなく、武藤稔さんという方が今回の原画には入っています。それについての僕の見解は絶対教えませーん。ざまーみろ、バーカ。
Aパート
cut32。伊知川累が「うそー」というカットです。教室のシークエンスは河野さんだと思います。他と比べるとエクストリームが段違いです。アニメートはリアクションだというのはどちらかと言うと通ぶった楽しみ方で、基本的にはやはりアニメートはエクストリームでしょう。普通、アクションの主題はエクストリームに表れるので、アクション内の絵はそれを強調するように構成されます。したがってアクションの出来はエクストリームが左右するのです。このカットはテイクですけど、アクセントが若干弱いので、予備動作において両手を上げてエクストリームとすることで、むしろこちらでポイントを作っておこうとしたんでしょう。当然その意図は技法に反映されます。エクストリームの絵で5コマ静止しています。また、前後の手のスペーシングを広くしています。確かエクストリーム前後のスペーシングを広くするのはよくないと以前に書いているはずですが、それはコマ打ちと連動していない為にエクストリームがきちんと見えないからというのが理由であって、ここのように前述した5コマ静止や、前後それぞれ3コマ打ち・2コマ打ちとなっているのであれば全く問題ありません。エクストリームに関係ない技法も一つ書いておきます。アクション開始前の0枚目からアクション終了の4枚目までで体が前傾から後傾へと変化します。対になるものを入れて動きを強めるというやつですね。これだけ取っても、他のシークエンスとはちょっとレベルが違いすぎます。
cut36。ここの9枚目の伊知川累でオナニーしてこそのベストオブカーペンターストーカーだ。こういうことばっかり書いてるから質問にこなかったんじゃない?
cut39。どうすればアクションが面白くなるかを常に考えているのが河野さんです。原子力がじゃば夫を突き飛ばすこのカットでは、6枚目で強く押されているじゃば夫の顔がぐにゃりと変化して画面内に残ったところから、一気に弾け飛んでいきます。もうアウトしてもいいはずなのにまだ顔があるというのが肝で、4コマ打ち3枚でゆっくり押した後、アクションが加速する直前の4・5枚目間では4コマも空けています。そして問題の5・6枚目間が2コマ打ちとなり、力が加わったことが強調されています。
cut41。色パカがあります。
cut52。さすが河野さんだわ。
cut102。タルるートくんが日向ぼっこにいくカットです。ここのタルるートくんは良いです。母親に対する子供ということを描写するカットなので、彼のアクションは幼児らしいものでなくてはいけません。この間のフレッシュの大塚隆史さんの回では、Aパートのシフォンが歩くところで、やたらスペーシングを広くしていました。街に出て幼児を観察していれば分かるんですけど、彼らの動きはゆっくりです。シフォンが初めて歩くというのも幼児らしくあって当然のはずですが、幼児=予測のつかない動きという変な思い込みの基で、もしくはまともに幼児を描けるだけの技量が無いから、取り敢えずスペーシングを広くしておけば何にも考えてない馬鹿が釣れるだろう(実際自称作画オタク様が見事に釣れた訳だけど)という、軽蔑するべきアニメートが有りました。3コマ4枚でしゃがんで4枚で足を伸ばす動作をするのが幼児です。動画も原画の注文に応えていて、きちんと足元を見て歩かせています。ここをフィリピン人にやらせると、1枚くらいはロンパってて、顔は前の方なんかを向かせているはずです。今回は振り向きも全く問題ありませんし、安心して観られます。洪水で下手糞動画マンが何人か死んでるといいんだけどなあ。
cut122。幼児の速いアクションは、使いどころを絞って、それが幼児性を増幅させるものであるべきです。タルるートくんが「ごみー」と言いながら走り出すここで使うのは正解です。
cut130。ここでタルるートくんのチンチンを勃起させるべきだと考えます。
Bパート
cut176。延髄斬りです。やることをきちんとやっていれば良いアニメートにはなります。大きなアクションを始めるときに頭を先行させ、アクセントに移行するときにスペーシングを広くとるくらいのものでいいのに、テレビで良いアニメートをあまり見かけません。このシークエンスも多分河野さんでしょう。
cut183。俯瞰のアクションの数を数えるつもりで今日のフレッシュを観ていたんですけど、一つもなかったんじゃないでしょうか。「プリキュアの作画監督」とかいうテンプレートの河野さんの欄に、「動きに定評がある」みたいなことがいつの間にか追加されていたのが可笑しくて、せいぜい「よく動く」くらいしかあんた達は言ってなかったのに、誰が書いたものを参考にしたんだろう、本当に調子がいいなあと思いまして、それならついでに「技量は下手ではない」とかいうのを「技量はプリキュアの作画監督中随一である」に変えてくれれば完璧だと思ったんですけど、いかがでしょう。このカットは、腰を抜かしている男性がカバンを拾って立ち去ろうとするアクションで、ロングですけど俯瞰ですからね。首を振るとか歩く位じゃなくて、フレッシュでこれ程のアクションを俯瞰でやったのなんて、河野さん達を除けば林さんくらいなもんでしょう。あんまり書く事が無いので、久し振りの積極的な啓蒙でした。
cut189。タルるートの舌にすくわれてハゲがひっくり返るときに3コマ空くところがあり、1アクセント入っています。体が浮いているときに少し時間をつかってやることで、足がすくわれたことがより印象に残るでしょう。3コマ空く前に2コマ打ちで2枚加速が入って速度の差が使われているのは、河野さんならもう当たり前ですね。
舌の描画も良いですね。設定に指示されている通りなのか、ずっと同じように波打ったものばかりだったのですが、ここでは捻って撓ってタルるートくんの一部として動いています。
cut234。Aパートの全裸タルるートくんも良いんですけど、今回のベストオブ幼児アニメートはここでしょう。幼女が池へ石を投げます。前述した動きの遅さは、3コマ打ち4枚の予備動作から14コマ空いて投てきを開始し、3コマ打ち2枚で手から石が離れるというように勿論入っています。それよりもここは不完全な投てきのフォームです。彼女は体を前後させるだけで捻りません。これが拙い印象を与えるのに非常に効果を発揮しています。
cut240。ブランコアニメートです。初めて観たかもしれません。アタシの初めてが河野さんでよかった。
原画パートは河野さん以外分かりません。大体永島さんがあんまり分かりません。新しいフレッシュのバンクでも藤井さんは分かったんですけど、永島さんは見当も付きません。だから河野さんだけ予想しておきます。Aパートの教室、Bパートのヤクザと江戸城家もですかねえ。公園は保留です。
テーマ:まじかる☆タルるートくん - ジャンル:アニメ・コミック
墓場鬼太郎第7話「人狼と幽霊列車」
映画「フレッシュプリキュア!おもちゃの国は秘密がいっぱい」が間もなく公開されるので、今回は演出の予習です。アニメートについては、もっともCMで見る限り大したことないというのもありますが、劇場での限られた時間の中だと、瞬きをしている間に重要なアクセントを見逃してしまうことなんてざらにありますし、作品との関わりにおいてのアニメートについては理解することも出来るかも知れませんが、それは芸術に大衆性というフィルターを掛ける、すなわちアニメートを貶める作業に他なりませんから、予習は不要だと思うのです。
そんな訳で手持ちの志水淳児さんの監督作や演出回を漁ったところ、どれもあまり面白くありませんでした。僕は芝田浩樹さんを崇拝しています。故に、芝田さんならどうするかが全ての演出を判断する基準です。となれば、芝田さんの演出回を観返すしかありません。
アバンタイトル
cut1。街のネオンを表すオレンジ・黄色など鮮やかな色の円からPAN UPしていって暗闇に浮かび上がる白の円い時計盤、そして最後に赤い月です。後の話から推測するに見せたいのは当然月です。タイトルである人狼から連想される満月、そのイメージである円形を反復しておいて最後に確実に主題を見せます。芝田さん演出のあさたろう第28話cut1と似た手法です。ただし、ここでは満月ではないですね。それについては分かりませんし、別に知りたくもありません。満月であろうがなかろうが主題が強調されることに変わり無いからです。僕は墓場鬼太郎ではなく芝田浩樹を観ているのです。
cut2。ここのような色一面のショットって何て言うんだっけ。忘れた。
cut3。背動です。声に加え一旦影を見せておいて最後の目のクローズアップで姿を見せます。cut1と同じ手法です。
cut4。忘れたショットです。模様と色がcut2とは違います。鍵となる手法は前もって使っておくというやつでしょう。
cut5。前カットでフェードアウト、このカットの頭は真っ白です。そして懐中電気のクローズアップだということが分かります。以上二点につきましては、さすがの場面転換でございます。
cut6。前カットの主要モティーフである懐中電気の光をきちんと見せながらの状況説明なので、続くカットは正面でお巡りさんの引きしかありません。そんな文法でがんじがらめカットのように見えて、トンネルの出口というこの後の空間を確保しているのが芝田さんです。
cut7。引いた俯瞰でやや右からお巡りさんがインしてきます。場面をトンネルの中へと移します。トンネル内の空間も確保します。シークエンス頭の電気が構図のポイントとして機能しています。
cut8。お巡りさんのバストショットフォロー歩きです。キャラ紹介みたいなものでしょう。
cut9。cut7の構図のポイントは、ここで暗闇から電気に当てられた鬼太郎が突然登場する伏線でした。論理的なカット構成です。
cut10。黄色バックに止めで鬼太郎の登場を印象付けます。
cut11。cut9の続きです。構図における主役なので、また今回初登場なので真ん中です。
cut12。アオリで前カット主役の鬼太郎手前にお巡りさんの反応を見せます。
cut13。真横で鬼太郎とお巡りさんフルショットです。鬼太郎の小ささを見せることで、一時的なと言うか、後に引っくり返すことが目的の立場の優劣を見せます。
cut14。鍵となるセリフなので寄ります。やや左から鬼太郎のバストショットです。俯瞰なのは前カットを受けているからです。
しばらく回想
cut15。トンネルから出てくる二人の引きの俯瞰です。トンネルが接着剤となりcut6が掛かります。
cut16。鬼太郎の足のクローズアップです。お巡りさんに対するにはややぶっきらぼうなセリフの違和感を増幅させるために画面が歪んでいますが、広角レンズで撮影しているとして描かれたものなんでしょうか。僕の非実践的な知識では、広角レンズで画面内に消失点が一切無いというのはあり得ないはずなんですが。
cut17。鬼太郎を連想させるややアオリのお巡りさんです。前カットのクローズアップ以外鬼太郎登場してからは、人物が一人のショットのときには必ずもう一人を意識させるカメラポジションになっています。cut9から11は主観でしたし、cut14、そしてこのカットでしょう。視聴者を登場人物の一人にしてしまうことで物語に引き込み画面に集中させる効果をこれは狙っているんですかね。分かりません。
左上にある赤い月を接着剤として次カットを繋げます。構図よりも彩度の低い色が画面を覆う中の赤色ということで強調しています。
cut18。イメージのショットです。その月からズームアウトしてまた赤い目をした狼がインしてきます。
cut19。cut17同一ポジションです。イメージを入れ子にします。
cut20。cut6と似たような位置からのカメラです。左右対称の構図ではないことが重要な相違点です。鬼太郎を真ん中に置いて主役を明示します。cut13の主題を反復してもいます。
cut21。お巡りさんの反応バストショットです。前カットとは違い右向きですね。空間がグチャグチャにはなっていないのでまあ有りなんでしょう。つまりフレッシュ第22話のcut51は有りなんです。芝田さんがそうおっしゃるから有りに決まっています。でもこの回のcut20とフレッシュ22話のcut26とでは負っているものが違いすぎます。芝田さん、さすがでございます。
cut22。引いて二人を入れて状況を見せます。光について、トンネル内で散々反復された懐中電気が取って代わった訳ですから、当然警官の手にある点いていない懐中電気をきちんと見せます。
cut23。俯瞰の鬼太郎はcut17を思い出します。見下ろしているのにどうしてこんなに余裕をなくされるのでしょう。墓場鬼太郎の人を食ったような容姿は、小さいことが意味を持つ秀逸なデザインです。
cut24。アップショットでお巡りさんの反応をきちんと見せます。
cut25。cut20同一ポジションです。お巡りさんが背中を向けて逃げ出したことでcut13を引っくり返しました。最後に指差しながら笑ってダメ押しです。
cut26。トンネルの上にある水です。何とトンネル内のカメラから鬼太郎とお巡りさんを見せていたcut20は、トンネルを接着剤としてこのカットと繋げる役割まで担っていたんですか。
cut27。水溜りクローズアップです。別に何もないですけど、カット数を間違わないために書きました。
cut28。cut20側のカメラから鬼太郎の背中を見せます。
cut29。cut20同一ポジションです。前カットからポン引きをしています。鍵となる手法は前もって使っておくというやつです。cut28も含めれば四回目の同一ポジションなので、しっかりと空間を獲得出来たに違いありません。フォーカスを送って丁寧に展開をなぞります。
cut30。ポン寄りで鬼太郎アップショットになってアバンが終わります。ポン寄りもポン引きも同じようなもんですから、cut29が効きました。
絵については、まず猫背であることで鬼太郎が画面を左右に大きく横断して力強い構図を取りながら、画面左の背面方向への空間を確保して水を意識させます。そして彩度の低い画面に存在を主張する色が、黒・青が黄色との関係においてそれぞれを引き立てながら、主要モティーフである鬼太郎を二分します。その鮮やかさの強烈なコントラストは、顔だけをカメラ側に向けたポーズを補強しながら、本シークエンスにおける警官と水に対する鬼太郎の強さと弱さを総括しているようで、さすがはラストカットと言った感じで決まっています。
Aパート
cut31。時間が移ったことを青空で示し、空間が移ったことをはっきりと表札で示します。
cut32。前・中・後景と入れて具体的な空間を獲得しながら、窓の外からアパートを捉えたカメラが舞台の橋渡しをします。
cut33。この正面ねずみ男は、前カットで手前にいることで力を持っているから取れるのです。
cut34。ニセ鬼太郎は今回初登場なので正面です。正面の構図にはcut32・33が活きています。
cut35。鬼太郎ナメてねずみ男を入れることで、次の展開の伏線となります。
cut36。cut34同一ポジションです。ギャグチックなところだからここまでずっと正面なのか知らん。
cut37。ねずみ男です。「障子 鬼太郎・にせ鬼太郎 机 ねずみ男 窓」といった横からの位置関係を獲得します。俯瞰なのは単調にならないようにでしょうか。
cut38。右方向の空間は鬼太郎が肩を叩きに来るからだと見せかけて、新聞を下げるとcut35で明示した空間にまだ鬼太郎がいます。
cut39。鬼太郎の常識外れに対するねずみ男は正面アップショットです。と思ったらアクション後はやや画面左方向を見ています。cut33もよく見ると完全な正面ではありません。強力な正面構図の効果を使いつつ自然にカットが繋がるように少し操作をしてやるんですか。ふーん、面白い。
cut40。正面ばかりだとクドいので、鬼太郎アップショット右向きです。cut39が効きます。
少し回想
cut41。アップのねずみ男と鬼太郎です。時間を飛ばしたので、寄りで状況をきちんと見せます。
cut42。比較的穏やかなポン引きで引き続き前カットの状況をきちんと見せながら、次の行為者の空間を見せます。その行為者には力が必要なので当然手前にいます。
cut43。部屋から出るにせ鬼太郎は、顔面の対比を見せるため寄っています。
cut44。前カットの最後ではにせ鬼太郎がほぼアウトしました。そこで最後に映った障子で繋げて、障子の向こうの空間を思わせつつズームアウトして部屋の中の様子を見せます。cut41のダメ押しで、もう時間が飛んだことなんてまったく気になりません。
cut45。ねずみ男がガマ令嬢に強烈な反応を示したことが顔のアップで分かります。勿論cut37を忘れません。
cut46。ねずみ男の足のアップです。ここまで彼の足の描写は普通はあまり確認出来ないcut42のみでしたが、異常なカットが続いたことで、この足がねずみ男のものであることは容易に想像出来ます。
cut47。襖を少し開けて覗き見をするねずみ男の目のアップです。cut45から一連の動作の目的なので正面です。
cut48。このカットがねずみ男の主観であることを分からせる役割も前カットにはありました。
cut49。PANの横滑りがチャックと呼応して印象のインフレーションを起こします。
cut50。反応はまあアップでしょう。cut37を追従して。
cut51。初めてチャックを閉めるガマ令嬢もまあアップでしょう。
cut52・53。こういうのを1カットで見せればアニメートとしては面白いでしょうけど、東映セービング精神が表れた例として見ても面白いです。特にあのシャフトとかの面倒くさいクローズアップなんかと比べると何と慎ましやかなんでしょうか。要請されたもの以上の装飾を一切加えない、落ち着いたフィルムです。言わば大人のフィルムです。オトナフィルムです。うわっ、オトナフィルムとか書くと急に安っぽくなった。何でだろう。
cut54。cut51の兼用で東映セービング精神です。
cut55・56。それぞれcut52・53同一ポジションです。さっきも居たんですけど、特に芝田さんのときなら左手前の鬼太郎を見逃さないほうがいいでしょう。
cut57。ガマ令嬢をズームアウトして人狼です。空間が飛びますが、ねずみ男とガマ令嬢の親和性でもって成立させます。
cut58。人狼初登場は当然アップです。
cut59。空間が飛ぶのを似た構図でカバーします。
cut60。俯瞰の引きで空間を再取得します。
cut61。ポン寄りでねずみ男との温度差を強調します。cut52・53・55・56の鬼太郎はここで使いたかったからでした。
cut62。ある程度束縛されたcut56までのところにcut57を入れて少し場面を飛ばすことで、うしろめたさを感じずに自由な構図が取れるようになり、その結果フィルムに動きが出てきました。例えばcut61・61やこのカットです。
cut63。大きく時間と空間が飛んだので、まあやかんのアップでしょう。
cut64。にせ鬼太郎を大胆にトリミングして、次なる展開に最重要であるカップを強調しています。
cut65。ダメ押しのカップのショットです。後の展開に意外性を持たせるために、なるだけオーソドックスに、ただのコーヒーセットであるようにというのが大事でしょう。
cut66。主役はカップの中の水ですから、にせ鬼太郎をデコで切って、かつカップをきちんと入れて後ろの木のラインで特別であることを見せつつ、左方向に水を連想させる湯気の空間を確保しています。
cut67。にせ鬼太郎の顔のアップです。インパクトが欲しいので正面ですか。
cut68。にせ鬼太郎の体が水に侵されます。まずは足のクローズアップからです。これは肌が出ていてかつ割かし面積が広いからという理由でしょうか。
cut69。頭がやられるというのはショッキングだからか知らん。
cut70。続く展開について、重要な役割を果たす鬼太郎を大きく手前に、関係の薄いガマ令嬢は背中を向けて力を弱く、ねずみ男も役割があるからこちら向き、という条件を満たすならばここから撮るしかありません。
cut81。アオリでカメラを傾かせています。理由は誰でも分かるからいいでしょう。
cut82。空間を見せて状況を見せます。
cut83。アオリです。はい終わり。
cut84。cut82で軽く見せておいてここで再度寄って見せることで強調ですか。
cut85。ここは衝撃的なところですし時間も大してないので、正面ばかりでも問題ないと踏んだんでしょうか。
cut86・87。2カット水の描写を入れてにせ鬼太郎の死を断ち切り、次へ展開します。おい、テンポがいいぞ。テンポ豚はもっと芝田さんを褒めろよ。ほら、声優と同じ言葉でもっとアニメを語れよ。
cut88から92。うむ。
cut93。鬼太郎がアパートを飛び出します。cut57は、cut31初出の空間を反復してこのカットに繋げる役割を担っていたんですか。ほおー。
cut94。真俯瞰で奥行きを潰しています。特殊な撮影による質感や水溜りと木で風景画を模している構図が相まって平坦な画面です。一部の演出家がキャラクターのPAN UPを嫌うのは、一枚の絵を撮影していることが容易に連想されるからだと想像していています。だとしたら、それはアニメーションを映画へと近づかせようとする思考の顕れでしょう。僕はアニメートを信仰しているので、アニメーションはアニメートへと近づくべきだと考えています。故に着衣の薄い美少女キャラクターをPAN UPしようと、画面が平面であろうと、もっと言えば複数の視点から見たものを同時に描画しても一向に構いません。上記の立場から平面性を全面に押し出したこのカットを支持します。
cut95から97。前カットが俯瞰でここではそれぞれロング・アップ・アオリで、進行方向が前カットが下それから各左・右・上です。だからこういうのは全部するべきなんでしょう。
cut97。アパートに帰ってくる鬼太郎を俯瞰で見せます。別に何もないですけど、カット数を間違わないために書きました。
cut98。空間が変わったのでまあ正面です。
cut99。前カット正面からこのカットの真後ろになじみよく繋げます。
cut100。可笑しな反応をきちんと見せたいのでcut98より寄った正面です。
cut101。真横で鬼太郎が左であることと移動を同時に見せます。
cut102。焼肉のアップです。まあセオリーですか。
cut103。ここの正面アップもセオリーです。
cut104。ポン引きして鬼太郎正面バストショットです。
cut105。画面動で鬼太郎の主観であることを分からせます。
cut106。cut104同一ポジションで、この2カットが主観であることを説明します。ずっと見られていたということを示して鬼太郎の滑稽さを出すのが目的でしょう。
cut107。切り返して人狼です。彼の紹介と鬼太郎の主観を兼ねています。
cut108。切り返して鬼太郎です。三回目のcut104同一ポジションです。ここはやや分かりにくいと思ったのか、主観で切り返す(言葉の使い方あってるのか知らん)ことで絶対に零れないようしています。
cut109。cut101はこの真横の伏線でしたか。二人の気まずい状況には静かな垂直水平の構図で間違いありません。
cut110。方向性の描写をcut101で行っていますが、割りに時間が経っていますし、あれだけだと若干心許ないので、人狼をナメています。
cut111。正面の人狼で、何か変なメガネに鬼太郎が映り込んでいます。cut3で似たようなのが出てきたので、戸惑うことはありません。
cut112。重要な描写ですからアップにします。
cut113。人狼が移動しています。鬼太郎左・人狼右という位置関係を三度見せました。
cut114。そして人狼の左向きアップショットとなります。
cut115。位置関係がとうに確立されたのに人狼ナメなのは、このカットの後半から彼が重要だからです。
cut116。アオリの二人です。次の鬼太郎が俯瞰だからバランスを取っているんですか。
cut117。鬼太郎の反応はまあアップです。右向きです。
cut118。このシークエンスの人狼ナメの2カットでは、力関係において鬼太郎の方が優位でしたが、ここでひっくり返りました。鬼太郎に背を向けて余裕の表情で話をする人狼に対して、鬼太郎は驚愕しながら話を聞いています。画面を占めている面積の違いも同様の意図です。鬼太郎は右目しか表れていないので、上記二点を見せるには彼が左に寄った配置にした方がより良いでしょう。何気ないcut101基準の方向性にも意味がありました。
cut119。前カットで人狼の目を切っているので、この表情には自ずと注目が集まるはずです。人狼の性格を表す重要なセリフと共に描写されます。
cut120から122。三段ズームインです。イスタブリッシングショットです。
cut123。前カットからカメラの方向を180°変えて池の方からの鬼太郎です。夜の闇をきちんと見せたかったから、池の青を排除したんですかね。
cut124。シークエンスが変わったので、人狼アップのファーストカットはまあ正面でもいいでしょう。
cut125。展開を象徴する被写体ですからアップです。
cut126。その被写体を入れながら、主要な鬼太郎と人狼の二人を入れます。空間の同期とでも言いましょうか。
cut127。前カットと同じ意図でしょう。
cut128。新たな展開をアップで見せます。
cut129。はい。
cut130。こういうのを僕は東映エフェクトと呼んでいます。系統語りの必要性を一切感じないので詳しくは調べませんけど、河野エフェクトも基本的にはこの亜流だと思います。
cut131・132。cut45・46同様の展開時における体の部分のアップです。芝田さんはこれをよくやられます。
cut132。まあ正面です。
cut133。はい、状況説明です。こういうあまり何も書けないような状況説明カットこそアニメートの見せ所です。
cut134。はい、ナナメです。
cut135。はい。
cut136。俯瞰なのは水で繋いでいるからです。また、ここら辺で一度人狼を見せておかないと勿論ダメです。
cut137。河野さんと芝田さんって一緒にやったこと無いんだろうか。
cut138。また俯瞰で鬼太郎です。はい。
cut139。月が出ます。はい。
cut140。目に月が映り込みます。cut3・111はここの伏線でした。
cut141。手前人狼、奥鬼太郎なのは誰でもわかるでしょう。
cut142。月バックで人狼が狼になります。ここら辺は状況説明ばかりで何も書けません。
cut141。はい。
cut142。このように、ここで手、次のカットで鬼太郎とすると繋がりが良いです。cut141があるからです。
cut143。人狼を連想させる左から俯瞰の鬼太郎です。cut136で初めて見せて反復してきた位置関係が使われます。
cut144。はい。
cut145。うん。
cut146。逃げる鬼太郎の空間はcut121・122で獲得しています。
cut147。時間と空間が変わったので引いています。
cut148。フォローで小休止です。俯瞰なのは前後のカットと被らないようにですか。
cut149。歩く鬼太郎の後姿でまた時間を飛ばします。
cut150。シークエンスが変わったのでアップです。
cut151。前カットの主要モティーフである手紙を鬼太郎とねずみ男の間に位置させて、求心性を持たせながら強調します。
cut152。ねずみ男ナメの鬼太郎で、ねずみ男は手紙の書き手であるという点で重要なので大きく、手紙はこの3カットを繋げる接着剤なのできちんと見せて、鬼太郎は寄り気味で前面を見せて強調しています。
cut153。前カットの主役の鬼太郎が反応を示すと、それと対になる反応の理由がすぐさまアップで入ります。
cut154。瓢箪で繋げて状況説明です。アオリなのはやはり単調にしたくないからでしょうか。
cut156。瓢箪で繋げて鬼太郎の反応です。
cut157。瓢箪で繋げてねずみ男です。
cut158。散々いろんなもので鬼太郎とねずみ男を繋げたので、このカットで鬼太郎が単独で入っても全く問題ありません。
cut159。イスタブリッシングショットですが、この同一ポジションがまあ良いです。後で出てきます。
cut160。時間と空間が変わったのでロングでしょう。
cut161。ポン寄りで鬼太郎を見せます。カット内でいきなり展開があるので、引き過ぎず寄り過ぎずというのがポイントだと思います。
cut162。真横からロングです。真横とか正面を多用しない方がいいのは、特にアニメーションにおいては、奥行きが潰れた異質な画面になりがちだからでしょう。撮影で紙の上に描いたように平面的にしようとしているので、この作品については例外です。cut94だって成り立ちます。あれを新房・大沼組がやってたら間違いなくバカにしています。
cut163。前カットで動いていた鬼太郎を手前に置いて、奥に展開の軸であるガマ令嬢の半身を見せます。
cut164。前カットの主役であるガマ令嬢手前に奥鬼太郎です。彼女がこちらを向いているため、鬼太郎より構図的な重要度は高いです。
cut165。前カットからは勿論ガマ令嬢のアップショットに決まっています。
cut166。前カット主役である令嬢を手前に入れて力を保ちつつ、奥のバストショット鬼太郎が主役です。同じことばっかり書いているような気がします。
cut167。鬼太郎が上を見て考えたアクションで繋いで、木の枝ナメの鬼太郎と令嬢です。寄り気味だったカット割の調子をこの俯瞰で変えます。
cut168。cut165同一ポジションです。令嬢の展開におけるキーとなるセリフですからこの構図でしょう。
cut169。cut162の最後と同一のポジションです。
cut170。前カットから馴染みは薄いバストショット正面の鬼太郎です。ここ2カットの意図は不明です。
cut171。cut159同一ポジションです。人狼の月と水神の川、どちらも前の前のシークエンスを想起させるモティーフでした。外という空間との関連性は充分にありますから、イスタブリッシングショットとしてそれに問題はありません。このカットで川に手紙を流すことで、水神だったはずの危険な川がただの安全な川になったことを描写しています。図像学的な見方をアニメーションでするのは嫌いなのでここで止めておきます。結局何が言いたいかというと、映像文法上必要な、最も消極的な選択であるはずのものを再利用して変質させ、最も積極的な表現にしてしまうのが格好良いのです。
cut172。時間空間アップ。同じことばっかり書いてるからもういいでしょう。
cut173。ねずみ男が手前でこちらを向いて、顔が切られているとは言え割に力を与えられているのは、次の展開に因るものです。
cut174。まあアップでしょう。
cut175。まあバストショット正面でしょう。
cut176。前カットの主役である鬼太郎を手前に奥にcut173の影の主役であったねずみ男です。ここでは完全な主役です。
cut177。手前の鬼太郎が活きてここで彼の反応です。
cut178。行動の結果はまあ普通アップですね。
cut179。シークエンスが変わってアパートの概観です。前カットの瓢箪の朱色が手前の木の実に残っています。
cut180。前述の通り朱色は瓢箪のイメージですから、一気に部屋まで飛ばしても問題ありません。cut178を受けてアオっています。
cut181。cut179で示されたアパートの外観との接着剤は階段です。
cut182。ガマ令嬢の部屋を求心点にねずみ男と人狼が対する前カットの構図が、このカットへの完璧なパスとなっています。
cut183。絵をズームアウトしている以上避けられないカットです。二段階になっていることで強調された気もしないでもない。
cut184。歪んでいます。前2カットはガマ令嬢の不在が主題ですから、ここで改めて空間を与えたんでしょう。
cut185。展開において重要な会話なのでアップショットです。
cut186。アップで時間。
cut187。垣間見る構図で、この相談の反社会性を匂わせます。
cut188。前カットは平面的で面白いのでアニメート信奉者としては長回しでやって頂きたいのですが、東映セービング精神によりやむを得ません。
cut189。cut187と同一のポジションです。
cut190から192。まあCM前ですしね。
Bパート
cut193。窓の外からねずみ男の部屋にカメラを向けるカットはcut32でもありました。ただしここはAパートとは違って窓が閉まっており、危ない予感がします。
cut194。前カットの力関係を考慮すれば納得のいくカットです。
cut195。切り返しにおける構図はまあいいでしょう。Bパートに入ってからここまで3カット、必ずまんじゅうが構図のワンポイントとして置いてあります。
cut196。まんじゅうアップでダメ押しです。
cut197。cut195の主役と話の展開を考えればまあ当然ですね。フォーカスを送って堅実に展開を見せます。
cut198。cut195同一ポジションです。
cut199・200。うん。
cut201。cut195・198の同一ポジションで設定された低い位置のカメラがここに効いてきます。
cut202。また低い位置のカメラです。前カットの主役をある程度力を持たせてかつ人狼の登場ならまあここでしょう。
cut203。手前にあるものは主役として明示されていないときでさえ、主役に匹敵するくらいの重要性があるということが分かる典型的なショットです。手前のねずみおとこのほほが膨らむと、彼はこちらに振り向き、あっという間に奥の人狼から主役が譲渡されました。
cut204。やっぱ倒れた鬼太郎一人の描写はいるでしょうから、絶対cut202は必要です。
cut205。イスタブリッシングショットです。海を見せるということが大事です。
cut206。cut204内で若干奇抜に場面転換をしたので、イスタブリッシングショットの後に改めて棺桶を見せる必要はあるでしょう。
cut207。ベタなショットですが、仕方ありません。いろいろ想像してもらうために鬼太郎を見せないというのが重要なんでしょう。
cut208。cut206以外全て人狼左・ねずみ男右という位置関係だったのでそれを踏襲します。そのcut206も前後関係から見れば単なる反転なので実質全てcut205基準でした。
cut209。重要なのは正面アップです。
cut210。棺桶が真ん中で、否が応にもそれを見ないといけないようになっています。物語の根幹を絶対に見逃させません。
cut211。重要なのは正面アップです。
cut212。時間を飛ばすのでカメラが主要な被写体から離れます。
cut213。時間が飛んで最初のカットは強い構図にすべきでしょう。真ん中にねずみ男がどっしりと位置して主役であることを分からせ、彼の良サイドに重りを描写して絶対性を表します。
cut214。時間が飛んだので俯瞰で状況を見せます。何てことなさそうなcut210の俯瞰はここへの布石でしたか。
cut215。cut205の灯台と岬を思い出すのは当然です。
cut216・217。寄ったのはアクションを印象的に見せるためです。時間が飛んだというのもあったでしょう。
cut218。寄った後は状況を見せるために引くと。
cut219。さっき一々動作に寄っていたのは、ここの棺桶が沈んでいくアクションを自然に見せるためでしょう。間違いなく沈んだということが大事です。
cut220。寄ったら引く。
cut221。cut219が重要で強調するに足りうるカットであったことはここで繰り返されたことで明確に分かりました。
cut222。2カット短時間に沈む棺桶が描写されたからと沈んだ棺桶の印象を明確に持ってもらうために、ここはアオっています。
cut223。シークエンスのラストカットである引きでもcut205・215が掛かってきて明快に次へ行けます。
cut224。はい。
cut225。最初はアップですけど、ずっとAパートみたいだと飽きるのでいろいろ変えます。
cut226。はい。
cut227。ここでしっかりアップになります。
cut228。夜の静けさを出すため真横なんですかね。
cut229。時間と空間が少し飛んだのでアップです。
cut230。一旦獲得した空間は繰り返すことで絶対に逃がしません。cut57を基にしています。
cut231。前カットでねずみ男が大きくアクションをするので、間違いなく繋がります。またも前カットから掛かってきているところで、ここからは配達員を見せたくないので、外にカメラが出たのを活かして外から部屋を撮っています。
cut232。はい。
cut233。cut231同一ポジションです。
cut234。cut230同一ポジションです。ここ2カットは同一ポッジションカットとの配達員の有無に関する対比です。
cut235。鬼太郎はいませんしまた包みを開けただけですから、多分cut207を基にしたハッタリです。
cut236。前カットの重要な要素の一つに光がありました。続くカットではその光を接着剤として繋げています。ついでに俯瞰で時間が飛んだことによる状況の説明までしてしまいます。
cut236。将棋をしているときの静かさとは打って変わって、カメラが傾き異常な状態であることが分かります。
cut237。空の棺桶を見せるなら俯瞰しかないでしょう。
cut238。はい。
cut239。手前に扉と洗濯屋、間に挟まれねずみ男と人狼です。cut187との対比を見ても面白いですね。
cut240。新たな登場人物は勿論アップです。
cut241。正面が続いたために同じような構図を取りたくないここのようなときに、cut235から度々示された人狼左・ねずみ男右という位置関係が活きてきます。
cut242。cut239同一ポジションです。
cut243。飛んだのでアップです。
cut244。はい。
cut245。飛んだので引きます。
cut246。cut237・238を基に再び俯瞰から扉へ行ったのかな。
cut247。はい。
cut248・249。アップできちんと反応を見せます。
cut250。シークエンスが変わりました。ロングです。たまにはロングです。
cut251。「新宿駅」という看板を見せておけば一々駅を描かなくてもいいですね。当然そんな手抜きばかりでは通用しないので、ここまでしっかりとアパートを描いていた報いがこれです。
cut252。木の骨組みを見せながら切符売り場にいるねずみ男と人狼です。駅の外観を描かない代わりに内観の描写はきちんとします。
cut253。ここで駅の天井に木の骨組みが確認出来ないのですが、ねずみ男たちが見ているのは幻覚であるということを既に示しているんですか。電車は偽者ですけど、彼らは一応駅には行った訳ですから、駅は本物だと考えるのが普通でしょう。そこから電車のある小屋まで歩かせればいいだけですし。
cut254。このアップは展開の描写と言うより、骸骨であることが墓場鬼太郎の世界を形成する上で重要なんでしょう。
cut255。人狼の表情とは裏腹に画面が傾いています。
cut256。時間空間アップ。
cut257。正面できちんと反応。
cut258。空間を見せます。
cut259。時間空間アップ。
cut260・261。はい。
cut261。時間空間俯瞰で引き。
cut262。最初は正面アップ。
cut263。新たな登場人物は正面アップ。
cut264。引きで状況。
cut265・266。状況。
cut267。反応。
cut268。cut182の変形です。スピーカーを求心点としてねずみ男と人狼が対します。ちなみに力関係は「スピーカー>ねずみ=人狼」です。求心点の以外にいる人が何人になろうとも彼らの重要性は同等です。
もうあとはオチに向かって真っ直ぐなので奇抜な手法は取られません。
cut269。はい。
cut270。アップで反応です。一応さっきからねずみ男右・人狼左に設定されています。
cut271。cut187・239同様の構図です。
cut272。前カットの構図では圧倒的な優位性を持っていたため、人狼をとりあえずナメています。
cut273。不安そうな人狼の顔のアップでここ4カットの間で行われた小さな展開を終わります。
cut274から277。はい。
cut278。インして来た人物の目線の先にねずみ男がインしてきて、どこを見るべきが示されます。
cut279。飛んでアップ。
cut280。飛んで正面。
cut281。cut268のアオリが布石となっています。
cut282。cut280同一ポジションでcut281を入れ子にして一貫性を確保します。
cut283からcut288。はい。
cut289。cut270で書いた位置関係を復習しています。
cut290から293。はい。
cut294。喧嘩が始まりました。最初は正面でしょう。
cut295。cut270で書いた位置関係が漸く使われます。メインの喧嘩だからと言っても、さすがに正面ばかりは取れません。
cut296・297。喧嘩です。
cut298。俯瞰なのは単調さを・・・ってもう何度目ですかね。
cut299から304。はい。
cut305。忘れたショットです。cut2・4はここの伏線だったんでしょう。
cut306から311。はい。
cut312。俯瞰で乗務員室に文句を言いに行くねずみ男です。電車の金網やつり革が描写されています。これが芝田さんです。この後にも古い電車の割れたガラス越しのショットもありました。
以下前述したことが続き、cut334で終わりです。
上手い上手い言う割りにどこがどう上手いのか書く人がいないことからはっきり分かるように、アニメートに関しては良し悪しの分かる人がインターネット上には全くいないようなので、河野さんのことを書くときは多少偉そうに振舞えます。ただ演出については凄まじく面倒くさい文章を書く人が腐る程いる為、なかなか気楽には書けません。だからこれが僕の限界なんですけど、まだ全然ダメです。でもこれ以上となると、後は無意味な図像学もどきに走るしか道は無いような気がします。つまるところ、芝田さんっていいよね、ねー?って言いたいだけなんですけどねえ。
そんな訳で手持ちの志水淳児さんの監督作や演出回を漁ったところ、どれもあまり面白くありませんでした。僕は芝田浩樹さんを崇拝しています。故に、芝田さんならどうするかが全ての演出を判断する基準です。となれば、芝田さんの演出回を観返すしかありません。
アバンタイトル
cut1。街のネオンを表すオレンジ・黄色など鮮やかな色の円からPAN UPしていって暗闇に浮かび上がる白の円い時計盤、そして最後に赤い月です。後の話から推測するに見せたいのは当然月です。タイトルである人狼から連想される満月、そのイメージである円形を反復しておいて最後に確実に主題を見せます。芝田さん演出のあさたろう第28話cut1と似た手法です。ただし、ここでは満月ではないですね。それについては分かりませんし、別に知りたくもありません。満月であろうがなかろうが主題が強調されることに変わり無いからです。僕は墓場鬼太郎ではなく芝田浩樹を観ているのです。
cut2。ここのような色一面のショットって何て言うんだっけ。忘れた。
cut3。背動です。声に加え一旦影を見せておいて最後の目のクローズアップで姿を見せます。cut1と同じ手法です。
cut4。忘れたショットです。模様と色がcut2とは違います。鍵となる手法は前もって使っておくというやつでしょう。
cut5。前カットでフェードアウト、このカットの頭は真っ白です。そして懐中電気のクローズアップだということが分かります。以上二点につきましては、さすがの場面転換でございます。
cut6。前カットの主要モティーフである懐中電気の光をきちんと見せながらの状況説明なので、続くカットは正面でお巡りさんの引きしかありません。そんな文法でがんじがらめカットのように見えて、トンネルの出口というこの後の空間を確保しているのが芝田さんです。
cut7。引いた俯瞰でやや右からお巡りさんがインしてきます。場面をトンネルの中へと移します。トンネル内の空間も確保します。シークエンス頭の電気が構図のポイントとして機能しています。
cut8。お巡りさんのバストショットフォロー歩きです。キャラ紹介みたいなものでしょう。
cut9。cut7の構図のポイントは、ここで暗闇から電気に当てられた鬼太郎が突然登場する伏線でした。論理的なカット構成です。
cut10。黄色バックに止めで鬼太郎の登場を印象付けます。
cut11。cut9の続きです。構図における主役なので、また今回初登場なので真ん中です。
cut12。アオリで前カット主役の鬼太郎手前にお巡りさんの反応を見せます。
cut13。真横で鬼太郎とお巡りさんフルショットです。鬼太郎の小ささを見せることで、一時的なと言うか、後に引っくり返すことが目的の立場の優劣を見せます。
cut14。鍵となるセリフなので寄ります。やや左から鬼太郎のバストショットです。俯瞰なのは前カットを受けているからです。
しばらく回想
cut15。トンネルから出てくる二人の引きの俯瞰です。トンネルが接着剤となりcut6が掛かります。
cut16。鬼太郎の足のクローズアップです。お巡りさんに対するにはややぶっきらぼうなセリフの違和感を増幅させるために画面が歪んでいますが、広角レンズで撮影しているとして描かれたものなんでしょうか。僕の非実践的な知識では、広角レンズで画面内に消失点が一切無いというのはあり得ないはずなんですが。
cut17。鬼太郎を連想させるややアオリのお巡りさんです。前カットのクローズアップ以外鬼太郎登場してからは、人物が一人のショットのときには必ずもう一人を意識させるカメラポジションになっています。cut9から11は主観でしたし、cut14、そしてこのカットでしょう。視聴者を登場人物の一人にしてしまうことで物語に引き込み画面に集中させる効果をこれは狙っているんですかね。分かりません。
左上にある赤い月を接着剤として次カットを繋げます。構図よりも彩度の低い色が画面を覆う中の赤色ということで強調しています。
cut18。イメージのショットです。その月からズームアウトしてまた赤い目をした狼がインしてきます。
cut19。cut17同一ポジションです。イメージを入れ子にします。
cut20。cut6と似たような位置からのカメラです。左右対称の構図ではないことが重要な相違点です。鬼太郎を真ん中に置いて主役を明示します。cut13の主題を反復してもいます。
cut21。お巡りさんの反応バストショットです。前カットとは違い右向きですね。空間がグチャグチャにはなっていないのでまあ有りなんでしょう。つまりフレッシュ第22話のcut51は有りなんです。芝田さんがそうおっしゃるから有りに決まっています。でもこの回のcut20とフレッシュ22話のcut26とでは負っているものが違いすぎます。芝田さん、さすがでございます。
cut22。引いて二人を入れて状況を見せます。光について、トンネル内で散々反復された懐中電気が取って代わった訳ですから、当然警官の手にある点いていない懐中電気をきちんと見せます。
cut23。俯瞰の鬼太郎はcut17を思い出します。見下ろしているのにどうしてこんなに余裕をなくされるのでしょう。墓場鬼太郎の人を食ったような容姿は、小さいことが意味を持つ秀逸なデザインです。
cut24。アップショットでお巡りさんの反応をきちんと見せます。
cut25。cut20同一ポジションです。お巡りさんが背中を向けて逃げ出したことでcut13を引っくり返しました。最後に指差しながら笑ってダメ押しです。
cut26。トンネルの上にある水です。何とトンネル内のカメラから鬼太郎とお巡りさんを見せていたcut20は、トンネルを接着剤としてこのカットと繋げる役割まで担っていたんですか。
cut27。水溜りクローズアップです。別に何もないですけど、カット数を間違わないために書きました。
cut28。cut20側のカメラから鬼太郎の背中を見せます。
cut29。cut20同一ポジションです。前カットからポン引きをしています。鍵となる手法は前もって使っておくというやつです。cut28も含めれば四回目の同一ポジションなので、しっかりと空間を獲得出来たに違いありません。フォーカスを送って丁寧に展開をなぞります。
cut30。ポン寄りで鬼太郎アップショットになってアバンが終わります。ポン寄りもポン引きも同じようなもんですから、cut29が効きました。
絵については、まず猫背であることで鬼太郎が画面を左右に大きく横断して力強い構図を取りながら、画面左の背面方向への空間を確保して水を意識させます。そして彩度の低い画面に存在を主張する色が、黒・青が黄色との関係においてそれぞれを引き立てながら、主要モティーフである鬼太郎を二分します。その鮮やかさの強烈なコントラストは、顔だけをカメラ側に向けたポーズを補強しながら、本シークエンスにおける警官と水に対する鬼太郎の強さと弱さを総括しているようで、さすがはラストカットと言った感じで決まっています。
Aパート
cut31。時間が移ったことを青空で示し、空間が移ったことをはっきりと表札で示します。
cut32。前・中・後景と入れて具体的な空間を獲得しながら、窓の外からアパートを捉えたカメラが舞台の橋渡しをします。
cut33。この正面ねずみ男は、前カットで手前にいることで力を持っているから取れるのです。
cut34。ニセ鬼太郎は今回初登場なので正面です。正面の構図にはcut32・33が活きています。
cut35。鬼太郎ナメてねずみ男を入れることで、次の展開の伏線となります。
cut36。cut34同一ポジションです。ギャグチックなところだからここまでずっと正面なのか知らん。
cut37。ねずみ男です。「障子 鬼太郎・にせ鬼太郎 机 ねずみ男 窓」といった横からの位置関係を獲得します。俯瞰なのは単調にならないようにでしょうか。
cut38。右方向の空間は鬼太郎が肩を叩きに来るからだと見せかけて、新聞を下げるとcut35で明示した空間にまだ鬼太郎がいます。
cut39。鬼太郎の常識外れに対するねずみ男は正面アップショットです。と思ったらアクション後はやや画面左方向を見ています。cut33もよく見ると完全な正面ではありません。強力な正面構図の効果を使いつつ自然にカットが繋がるように少し操作をしてやるんですか。ふーん、面白い。
cut40。正面ばかりだとクドいので、鬼太郎アップショット右向きです。cut39が効きます。
少し回想
cut41。アップのねずみ男と鬼太郎です。時間を飛ばしたので、寄りで状況をきちんと見せます。
cut42。比較的穏やかなポン引きで引き続き前カットの状況をきちんと見せながら、次の行為者の空間を見せます。その行為者には力が必要なので当然手前にいます。
cut43。部屋から出るにせ鬼太郎は、顔面の対比を見せるため寄っています。
cut44。前カットの最後ではにせ鬼太郎がほぼアウトしました。そこで最後に映った障子で繋げて、障子の向こうの空間を思わせつつズームアウトして部屋の中の様子を見せます。cut41のダメ押しで、もう時間が飛んだことなんてまったく気になりません。
cut45。ねずみ男がガマ令嬢に強烈な反応を示したことが顔のアップで分かります。勿論cut37を忘れません。
cut46。ねずみ男の足のアップです。ここまで彼の足の描写は普通はあまり確認出来ないcut42のみでしたが、異常なカットが続いたことで、この足がねずみ男のものであることは容易に想像出来ます。
cut47。襖を少し開けて覗き見をするねずみ男の目のアップです。cut45から一連の動作の目的なので正面です。
cut48。このカットがねずみ男の主観であることを分からせる役割も前カットにはありました。
cut49。PANの横滑りがチャックと呼応して印象のインフレーションを起こします。
cut50。反応はまあアップでしょう。cut37を追従して。
cut51。初めてチャックを閉めるガマ令嬢もまあアップでしょう。
cut52・53。こういうのを1カットで見せればアニメートとしては面白いでしょうけど、東映セービング精神が表れた例として見ても面白いです。特にあのシャフトとかの面倒くさいクローズアップなんかと比べると何と慎ましやかなんでしょうか。要請されたもの以上の装飾を一切加えない、落ち着いたフィルムです。言わば大人のフィルムです。オトナフィルムです。うわっ、オトナフィルムとか書くと急に安っぽくなった。何でだろう。
cut54。cut51の兼用で東映セービング精神です。
cut55・56。それぞれcut52・53同一ポジションです。さっきも居たんですけど、特に芝田さんのときなら左手前の鬼太郎を見逃さないほうがいいでしょう。
cut57。ガマ令嬢をズームアウトして人狼です。空間が飛びますが、ねずみ男とガマ令嬢の親和性でもって成立させます。
cut58。人狼初登場は当然アップです。
cut59。空間が飛ぶのを似た構図でカバーします。
cut60。俯瞰の引きで空間を再取得します。
cut61。ポン寄りでねずみ男との温度差を強調します。cut52・53・55・56の鬼太郎はここで使いたかったからでした。
cut62。ある程度束縛されたcut56までのところにcut57を入れて少し場面を飛ばすことで、うしろめたさを感じずに自由な構図が取れるようになり、その結果フィルムに動きが出てきました。例えばcut61・61やこのカットです。
cut63。大きく時間と空間が飛んだので、まあやかんのアップでしょう。
cut64。にせ鬼太郎を大胆にトリミングして、次なる展開に最重要であるカップを強調しています。
cut65。ダメ押しのカップのショットです。後の展開に意外性を持たせるために、なるだけオーソドックスに、ただのコーヒーセットであるようにというのが大事でしょう。
cut66。主役はカップの中の水ですから、にせ鬼太郎をデコで切って、かつカップをきちんと入れて後ろの木のラインで特別であることを見せつつ、左方向に水を連想させる湯気の空間を確保しています。
cut67。にせ鬼太郎の顔のアップです。インパクトが欲しいので正面ですか。
cut68。にせ鬼太郎の体が水に侵されます。まずは足のクローズアップからです。これは肌が出ていてかつ割かし面積が広いからという理由でしょうか。
cut69。頭がやられるというのはショッキングだからか知らん。
cut70。続く展開について、重要な役割を果たす鬼太郎を大きく手前に、関係の薄いガマ令嬢は背中を向けて力を弱く、ねずみ男も役割があるからこちら向き、という条件を満たすならばここから撮るしかありません。
cut81。アオリでカメラを傾かせています。理由は誰でも分かるからいいでしょう。
cut82。空間を見せて状況を見せます。
cut83。アオリです。はい終わり。
cut84。cut82で軽く見せておいてここで再度寄って見せることで強調ですか。
cut85。ここは衝撃的なところですし時間も大してないので、正面ばかりでも問題ないと踏んだんでしょうか。
cut86・87。2カット水の描写を入れてにせ鬼太郎の死を断ち切り、次へ展開します。おい、テンポがいいぞ。テンポ豚はもっと芝田さんを褒めろよ。ほら、声優と同じ言葉でもっとアニメを語れよ。
cut88から92。うむ。
cut93。鬼太郎がアパートを飛び出します。cut57は、cut31初出の空間を反復してこのカットに繋げる役割を担っていたんですか。ほおー。
cut94。真俯瞰で奥行きを潰しています。特殊な撮影による質感や水溜りと木で風景画を模している構図が相まって平坦な画面です。一部の演出家がキャラクターのPAN UPを嫌うのは、一枚の絵を撮影していることが容易に連想されるからだと想像していています。だとしたら、それはアニメーションを映画へと近づかせようとする思考の顕れでしょう。僕はアニメートを信仰しているので、アニメーションはアニメートへと近づくべきだと考えています。故に着衣の薄い美少女キャラクターをPAN UPしようと、画面が平面であろうと、もっと言えば複数の視点から見たものを同時に描画しても一向に構いません。上記の立場から平面性を全面に押し出したこのカットを支持します。
cut95から97。前カットが俯瞰でここではそれぞれロング・アップ・アオリで、進行方向が前カットが下それから各左・右・上です。だからこういうのは全部するべきなんでしょう。
cut97。アパートに帰ってくる鬼太郎を俯瞰で見せます。別に何もないですけど、カット数を間違わないために書きました。
cut98。空間が変わったのでまあ正面です。
cut99。前カット正面からこのカットの真後ろになじみよく繋げます。
cut100。可笑しな反応をきちんと見せたいのでcut98より寄った正面です。
cut101。真横で鬼太郎が左であることと移動を同時に見せます。
cut102。焼肉のアップです。まあセオリーですか。
cut103。ここの正面アップもセオリーです。
cut104。ポン引きして鬼太郎正面バストショットです。
cut105。画面動で鬼太郎の主観であることを分からせます。
cut106。cut104同一ポジションで、この2カットが主観であることを説明します。ずっと見られていたということを示して鬼太郎の滑稽さを出すのが目的でしょう。
cut107。切り返して人狼です。彼の紹介と鬼太郎の主観を兼ねています。
cut108。切り返して鬼太郎です。三回目のcut104同一ポジションです。ここはやや分かりにくいと思ったのか、主観で切り返す(言葉の使い方あってるのか知らん)ことで絶対に零れないようしています。
cut109。cut101はこの真横の伏線でしたか。二人の気まずい状況には静かな垂直水平の構図で間違いありません。
cut110。方向性の描写をcut101で行っていますが、割りに時間が経っていますし、あれだけだと若干心許ないので、人狼をナメています。
cut111。正面の人狼で、何か変なメガネに鬼太郎が映り込んでいます。cut3で似たようなのが出てきたので、戸惑うことはありません。
cut112。重要な描写ですからアップにします。
cut113。人狼が移動しています。鬼太郎左・人狼右という位置関係を三度見せました。
cut114。そして人狼の左向きアップショットとなります。
cut115。位置関係がとうに確立されたのに人狼ナメなのは、このカットの後半から彼が重要だからです。
cut116。アオリの二人です。次の鬼太郎が俯瞰だからバランスを取っているんですか。
cut117。鬼太郎の反応はまあアップです。右向きです。
cut118。このシークエンスの人狼ナメの2カットでは、力関係において鬼太郎の方が優位でしたが、ここでひっくり返りました。鬼太郎に背を向けて余裕の表情で話をする人狼に対して、鬼太郎は驚愕しながら話を聞いています。画面を占めている面積の違いも同様の意図です。鬼太郎は右目しか表れていないので、上記二点を見せるには彼が左に寄った配置にした方がより良いでしょう。何気ないcut101基準の方向性にも意味がありました。
cut119。前カットで人狼の目を切っているので、この表情には自ずと注目が集まるはずです。人狼の性格を表す重要なセリフと共に描写されます。
cut120から122。三段ズームインです。イスタブリッシングショットです。
cut123。前カットからカメラの方向を180°変えて池の方からの鬼太郎です。夜の闇をきちんと見せたかったから、池の青を排除したんですかね。
cut124。シークエンスが変わったので、人狼アップのファーストカットはまあ正面でもいいでしょう。
cut125。展開を象徴する被写体ですからアップです。
cut126。その被写体を入れながら、主要な鬼太郎と人狼の二人を入れます。空間の同期とでも言いましょうか。
cut127。前カットと同じ意図でしょう。
cut128。新たな展開をアップで見せます。
cut129。はい。
cut130。こういうのを僕は東映エフェクトと呼んでいます。系統語りの必要性を一切感じないので詳しくは調べませんけど、河野エフェクトも基本的にはこの亜流だと思います。
cut131・132。cut45・46同様の展開時における体の部分のアップです。芝田さんはこれをよくやられます。
cut132。まあ正面です。
cut133。はい、状況説明です。こういうあまり何も書けないような状況説明カットこそアニメートの見せ所です。
cut134。はい、ナナメです。
cut135。はい。
cut136。俯瞰なのは水で繋いでいるからです。また、ここら辺で一度人狼を見せておかないと勿論ダメです。
cut137。河野さんと芝田さんって一緒にやったこと無いんだろうか。
cut138。また俯瞰で鬼太郎です。はい。
cut139。月が出ます。はい。
cut140。目に月が映り込みます。cut3・111はここの伏線でした。
cut141。手前人狼、奥鬼太郎なのは誰でもわかるでしょう。
cut142。月バックで人狼が狼になります。ここら辺は状況説明ばかりで何も書けません。
cut141。はい。
cut142。このように、ここで手、次のカットで鬼太郎とすると繋がりが良いです。cut141があるからです。
cut143。人狼を連想させる左から俯瞰の鬼太郎です。cut136で初めて見せて反復してきた位置関係が使われます。
cut144。はい。
cut145。うん。
cut146。逃げる鬼太郎の空間はcut121・122で獲得しています。
cut147。時間と空間が変わったので引いています。
cut148。フォローで小休止です。俯瞰なのは前後のカットと被らないようにですか。
cut149。歩く鬼太郎の後姿でまた時間を飛ばします。
cut150。シークエンスが変わったのでアップです。
cut151。前カットの主要モティーフである手紙を鬼太郎とねずみ男の間に位置させて、求心性を持たせながら強調します。
cut152。ねずみ男ナメの鬼太郎で、ねずみ男は手紙の書き手であるという点で重要なので大きく、手紙はこの3カットを繋げる接着剤なのできちんと見せて、鬼太郎は寄り気味で前面を見せて強調しています。
cut153。前カットの主役の鬼太郎が反応を示すと、それと対になる反応の理由がすぐさまアップで入ります。
cut154。瓢箪で繋げて状況説明です。アオリなのはやはり単調にしたくないからでしょうか。
cut156。瓢箪で繋げて鬼太郎の反応です。
cut157。瓢箪で繋げてねずみ男です。
cut158。散々いろんなもので鬼太郎とねずみ男を繋げたので、このカットで鬼太郎が単独で入っても全く問題ありません。
cut159。イスタブリッシングショットですが、この同一ポジションがまあ良いです。後で出てきます。
cut160。時間と空間が変わったのでロングでしょう。
cut161。ポン寄りで鬼太郎を見せます。カット内でいきなり展開があるので、引き過ぎず寄り過ぎずというのがポイントだと思います。
cut162。真横からロングです。真横とか正面を多用しない方がいいのは、特にアニメーションにおいては、奥行きが潰れた異質な画面になりがちだからでしょう。撮影で紙の上に描いたように平面的にしようとしているので、この作品については例外です。cut94だって成り立ちます。あれを新房・大沼組がやってたら間違いなくバカにしています。
cut163。前カットで動いていた鬼太郎を手前に置いて、奥に展開の軸であるガマ令嬢の半身を見せます。
cut164。前カットの主役であるガマ令嬢手前に奥鬼太郎です。彼女がこちらを向いているため、鬼太郎より構図的な重要度は高いです。
cut165。前カットからは勿論ガマ令嬢のアップショットに決まっています。
cut166。前カット主役である令嬢を手前に入れて力を保ちつつ、奥のバストショット鬼太郎が主役です。同じことばっかり書いているような気がします。
cut167。鬼太郎が上を見て考えたアクションで繋いで、木の枝ナメの鬼太郎と令嬢です。寄り気味だったカット割の調子をこの俯瞰で変えます。
cut168。cut165同一ポジションです。令嬢の展開におけるキーとなるセリフですからこの構図でしょう。
cut169。cut162の最後と同一のポジションです。
cut170。前カットから馴染みは薄いバストショット正面の鬼太郎です。ここ2カットの意図は不明です。
cut171。cut159同一ポジションです。人狼の月と水神の川、どちらも前の前のシークエンスを想起させるモティーフでした。外という空間との関連性は充分にありますから、イスタブリッシングショットとしてそれに問題はありません。このカットで川に手紙を流すことで、水神だったはずの危険な川がただの安全な川になったことを描写しています。図像学的な見方をアニメーションでするのは嫌いなのでここで止めておきます。結局何が言いたいかというと、映像文法上必要な、最も消極的な選択であるはずのものを再利用して変質させ、最も積極的な表現にしてしまうのが格好良いのです。
cut172。時間空間アップ。同じことばっかり書いてるからもういいでしょう。
cut173。ねずみ男が手前でこちらを向いて、顔が切られているとは言え割に力を与えられているのは、次の展開に因るものです。
cut174。まあアップでしょう。
cut175。まあバストショット正面でしょう。
cut176。前カットの主役である鬼太郎を手前に奥にcut173の影の主役であったねずみ男です。ここでは完全な主役です。
cut177。手前の鬼太郎が活きてここで彼の反応です。
cut178。行動の結果はまあ普通アップですね。
cut179。シークエンスが変わってアパートの概観です。前カットの瓢箪の朱色が手前の木の実に残っています。
cut180。前述の通り朱色は瓢箪のイメージですから、一気に部屋まで飛ばしても問題ありません。cut178を受けてアオっています。
cut181。cut179で示されたアパートの外観との接着剤は階段です。
cut182。ガマ令嬢の部屋を求心点にねずみ男と人狼が対する前カットの構図が、このカットへの完璧なパスとなっています。
cut183。絵をズームアウトしている以上避けられないカットです。二段階になっていることで強調された気もしないでもない。
cut184。歪んでいます。前2カットはガマ令嬢の不在が主題ですから、ここで改めて空間を与えたんでしょう。
cut185。展開において重要な会話なのでアップショットです。
cut186。アップで時間。
cut187。垣間見る構図で、この相談の反社会性を匂わせます。
cut188。前カットは平面的で面白いのでアニメート信奉者としては長回しでやって頂きたいのですが、東映セービング精神によりやむを得ません。
cut189。cut187と同一のポジションです。
cut190から192。まあCM前ですしね。
Bパート
cut193。窓の外からねずみ男の部屋にカメラを向けるカットはcut32でもありました。ただしここはAパートとは違って窓が閉まっており、危ない予感がします。
cut194。前カットの力関係を考慮すれば納得のいくカットです。
cut195。切り返しにおける構図はまあいいでしょう。Bパートに入ってからここまで3カット、必ずまんじゅうが構図のワンポイントとして置いてあります。
cut196。まんじゅうアップでダメ押しです。
cut197。cut195の主役と話の展開を考えればまあ当然ですね。フォーカスを送って堅実に展開を見せます。
cut198。cut195同一ポジションです。
cut199・200。うん。
cut201。cut195・198の同一ポジションで設定された低い位置のカメラがここに効いてきます。
cut202。また低い位置のカメラです。前カットの主役をある程度力を持たせてかつ人狼の登場ならまあここでしょう。
cut203。手前にあるものは主役として明示されていないときでさえ、主役に匹敵するくらいの重要性があるということが分かる典型的なショットです。手前のねずみおとこのほほが膨らむと、彼はこちらに振り向き、あっという間に奥の人狼から主役が譲渡されました。
cut204。やっぱ倒れた鬼太郎一人の描写はいるでしょうから、絶対cut202は必要です。
cut205。イスタブリッシングショットです。海を見せるということが大事です。
cut206。cut204内で若干奇抜に場面転換をしたので、イスタブリッシングショットの後に改めて棺桶を見せる必要はあるでしょう。
cut207。ベタなショットですが、仕方ありません。いろいろ想像してもらうために鬼太郎を見せないというのが重要なんでしょう。
cut208。cut206以外全て人狼左・ねずみ男右という位置関係だったのでそれを踏襲します。そのcut206も前後関係から見れば単なる反転なので実質全てcut205基準でした。
cut209。重要なのは正面アップです。
cut210。棺桶が真ん中で、否が応にもそれを見ないといけないようになっています。物語の根幹を絶対に見逃させません。
cut211。重要なのは正面アップです。
cut212。時間を飛ばすのでカメラが主要な被写体から離れます。
cut213。時間が飛んで最初のカットは強い構図にすべきでしょう。真ん中にねずみ男がどっしりと位置して主役であることを分からせ、彼の良サイドに重りを描写して絶対性を表します。
cut214。時間が飛んだので俯瞰で状況を見せます。何てことなさそうなcut210の俯瞰はここへの布石でしたか。
cut215。cut205の灯台と岬を思い出すのは当然です。
cut216・217。寄ったのはアクションを印象的に見せるためです。時間が飛んだというのもあったでしょう。
cut218。寄った後は状況を見せるために引くと。
cut219。さっき一々動作に寄っていたのは、ここの棺桶が沈んでいくアクションを自然に見せるためでしょう。間違いなく沈んだということが大事です。
cut220。寄ったら引く。
cut221。cut219が重要で強調するに足りうるカットであったことはここで繰り返されたことで明確に分かりました。
cut222。2カット短時間に沈む棺桶が描写されたからと沈んだ棺桶の印象を明確に持ってもらうために、ここはアオっています。
cut223。シークエンスのラストカットである引きでもcut205・215が掛かってきて明快に次へ行けます。
cut224。はい。
cut225。最初はアップですけど、ずっとAパートみたいだと飽きるのでいろいろ変えます。
cut226。はい。
cut227。ここでしっかりアップになります。
cut228。夜の静けさを出すため真横なんですかね。
cut229。時間と空間が少し飛んだのでアップです。
cut230。一旦獲得した空間は繰り返すことで絶対に逃がしません。cut57を基にしています。
cut231。前カットでねずみ男が大きくアクションをするので、間違いなく繋がります。またも前カットから掛かってきているところで、ここからは配達員を見せたくないので、外にカメラが出たのを活かして外から部屋を撮っています。
cut232。はい。
cut233。cut231同一ポジションです。
cut234。cut230同一ポジションです。ここ2カットは同一ポッジションカットとの配達員の有無に関する対比です。
cut235。鬼太郎はいませんしまた包みを開けただけですから、多分cut207を基にしたハッタリです。
cut236。前カットの重要な要素の一つに光がありました。続くカットではその光を接着剤として繋げています。ついでに俯瞰で時間が飛んだことによる状況の説明までしてしまいます。
cut236。将棋をしているときの静かさとは打って変わって、カメラが傾き異常な状態であることが分かります。
cut237。空の棺桶を見せるなら俯瞰しかないでしょう。
cut238。はい。
cut239。手前に扉と洗濯屋、間に挟まれねずみ男と人狼です。cut187との対比を見ても面白いですね。
cut240。新たな登場人物は勿論アップです。
cut241。正面が続いたために同じような構図を取りたくないここのようなときに、cut235から度々示された人狼左・ねずみ男右という位置関係が活きてきます。
cut242。cut239同一ポジションです。
cut243。飛んだのでアップです。
cut244。はい。
cut245。飛んだので引きます。
cut246。cut237・238を基に再び俯瞰から扉へ行ったのかな。
cut247。はい。
cut248・249。アップできちんと反応を見せます。
cut250。シークエンスが変わりました。ロングです。たまにはロングです。
cut251。「新宿駅」という看板を見せておけば一々駅を描かなくてもいいですね。当然そんな手抜きばかりでは通用しないので、ここまでしっかりとアパートを描いていた報いがこれです。
cut252。木の骨組みを見せながら切符売り場にいるねずみ男と人狼です。駅の外観を描かない代わりに内観の描写はきちんとします。
cut253。ここで駅の天井に木の骨組みが確認出来ないのですが、ねずみ男たちが見ているのは幻覚であるということを既に示しているんですか。電車は偽者ですけど、彼らは一応駅には行った訳ですから、駅は本物だと考えるのが普通でしょう。そこから電車のある小屋まで歩かせればいいだけですし。
cut254。このアップは展開の描写と言うより、骸骨であることが墓場鬼太郎の世界を形成する上で重要なんでしょう。
cut255。人狼の表情とは裏腹に画面が傾いています。
cut256。時間空間アップ。
cut257。正面できちんと反応。
cut258。空間を見せます。
cut259。時間空間アップ。
cut260・261。はい。
cut261。時間空間俯瞰で引き。
cut262。最初は正面アップ。
cut263。新たな登場人物は正面アップ。
cut264。引きで状況。
cut265・266。状況。
cut267。反応。
cut268。cut182の変形です。スピーカーを求心点としてねずみ男と人狼が対します。ちなみに力関係は「スピーカー>ねずみ=人狼」です。求心点の以外にいる人が何人になろうとも彼らの重要性は同等です。
もうあとはオチに向かって真っ直ぐなので奇抜な手法は取られません。
cut269。はい。
cut270。アップで反応です。一応さっきからねずみ男右・人狼左に設定されています。
cut271。cut187・239同様の構図です。
cut272。前カットの構図では圧倒的な優位性を持っていたため、人狼をとりあえずナメています。
cut273。不安そうな人狼の顔のアップでここ4カットの間で行われた小さな展開を終わります。
cut274から277。はい。
cut278。インして来た人物の目線の先にねずみ男がインしてきて、どこを見るべきが示されます。
cut279。飛んでアップ。
cut280。飛んで正面。
cut281。cut268のアオリが布石となっています。
cut282。cut280同一ポジションでcut281を入れ子にして一貫性を確保します。
cut283からcut288。はい。
cut289。cut270で書いた位置関係を復習しています。
cut290から293。はい。
cut294。喧嘩が始まりました。最初は正面でしょう。
cut295。cut270で書いた位置関係が漸く使われます。メインの喧嘩だからと言っても、さすがに正面ばかりは取れません。
cut296・297。喧嘩です。
cut298。俯瞰なのは単調さを・・・ってもう何度目ですかね。
cut299から304。はい。
cut305。忘れたショットです。cut2・4はここの伏線だったんでしょう。
cut306から311。はい。
cut312。俯瞰で乗務員室に文句を言いに行くねずみ男です。電車の金網やつり革が描写されています。これが芝田さんです。この後にも古い電車の割れたガラス越しのショットもありました。
以下前述したことが続き、cut334で終わりです。
上手い上手い言う割りにどこがどう上手いのか書く人がいないことからはっきり分かるように、アニメートに関しては良し悪しの分かる人がインターネット上には全くいないようなので、河野さんのことを書くときは多少偉そうに振舞えます。ただ演出については凄まじく面倒くさい文章を書く人が腐る程いる為、なかなか気楽には書けません。だからこれが僕の限界なんですけど、まだ全然ダメです。でもこれ以上となると、後は無意味な図像学もどきに走るしか道は無いような気がします。つまるところ、芝田さんっていいよね、ねー?って言いたいだけなんですけどねえ。
シュルマニエリスム概論
当方の環境では1秒に30フレームあるところを、記事を書くに当たって5の倍数フレームは無視して1秒24フレームとしています。予めご了承ください。
「良いアニメートは悪いアニメートではない」とするのは、賢いとは思われないけれども間違いにはならないでしょう。個人的に考える悪いアニメートとは「動かすために動かす」というもので、僕はそれをマニエリスムと呼びました。昨日丁度いい例を拝見しまして、ハルヒのライブアライブがぴったり当て嵌まります。とりあえずツメとけ、みたいな。ツメとけばアクションのリズムが変わるから良いだろう、みたいな。しかし、ツメたことで獲得したのはツマる動きの面白さだけでした。手法を目的化したことで、創作活動を放棄するに至った訳です。
形式的な手法に依存しないシュルマニエリスムはマニエリスムに対しています。したがって良いアニメートです。それなのに、訳が分からないとか言ってずっと具体的な言及を避けてきました。そこで今回はシュルマニエリスムの先駆である藤井孝博さんの「映画YES!プリキュア5鏡の国のミラクル大冒険」における原画パートと思われる箇所を詳しく観て、その本質に迫ろうと思います。
うららとダークレモネードの最後の戦闘のシークエンスです。便宜上ここのファーストカットをcut1とします。
cut1。何も書いていなければここはダークレモネードのことです。後でうららがインしてきますが、コマ打ち・スペーシング・タイミングは変わりませんし見所もあまりありません。2コマベースです。カットの頭(0枚目)が肩辺りのクローズアップ、そして5枚でカメラから遠ざかります。1枚目で顔をインさせます。その恐ろしい顔が映るのはたった2コマの間なのできちんと認識することは出来ないはずですが、実用性ではないのです。これは良いアニメート全般に言えることで、彼らは「表現するために動かす」のです。このとき動きが一般的な動画手法を用いていないならば、シュルマニエリスムに分類されます。その概念は、既存のマニエラを用いずに新たなマニエラを提示していることがマニエリスムへの強烈なアンチテーゼである他方で、そのマニエラがあらゆるアニメートに対する問題提起となっているという二重構造です。アクションの中に前後の絵とやや馴染みが薄くかつインパクトの強い絵を入れることでアクセントとし、スペーシングの操作はあるとは言え均質的な2コマ打ちに動きを与えようとするのがここの目的でしょう。うららの9・10枚目も同じです。
6から8枚目は藤井蹴りです。藤井さん=シュルマニエリスムみたいなところがありますが、ここは普通に上手いアニメートでした。やや左向きの同じようなポーズでスペーシング狭く4枚移動した後の6枚目で、身体と顔を一気に左に捻ります。このとき手はあまり変わりませんし、足も軽くギザギザが見えるだけで殆ど確認できません。身体のパーツを順番に動かすのは普通なマニエラです。インしてくるとは言えうららは背を向けていますから、2から5枚目は大体ダークレモネードを見ることになります。しかも全然動かないので、まず確認出来ないことはないでしょう。こうしてダークレモネードを推しておいて6枚目で身体だけをギュッと捻ると、アクションが変質した印象が残ります。7枚目で身体をオーバーラップさせながら左上に動かし、ギザギザがたくさん入った左足が脛までインします。6枚目とポーズをほぼ変えないで身体をアップポジションにしているので、運動の方向性が感じられます。スペーシング広く8枚目でうららに左足がヒットします。スペーシングの広狭というアクセント(の絵)を強調するのに一番普通なマニエラを使っています。ただし、7・8枚目間が普通じゃないくらいに広すぎるのが藤井蹴りのアイデンティティです。
9・10枚目で足を戻し、11枚目から14枚目までで右回転をします。15から23枚目までは地面から浮いた状態でほぼ止まっています。先ほどの上手いアニメートとここは正反対と言ってもいいような感じです。10枚目で全く気配がなかったのに11枚目でいきなり回り始めますし、15枚目をみると浮いているようですが、このステージの重力が小さいことを考慮しても、他のうららのシークエンスを見ると全く予備動作なしに飛び上がるというのは変です。整合性よりもアニメートの価値を重視するシュルマニエリスムの志向がこれに表れています。どうせ2コマ打ちなので、2から7枚目のようにきちんと強調出来る環境に無いと、どんな繊細な体重の描写でも確認できません。故にややこしい装飾を省いて右に左にアクションが交錯する視覚効果に賭けたのです。
24・25枚目でパンチ、スペーシングは普通に23小24大25です。3コマ空いてリアクション3枚、又3コマ空いて1コマ打ち2枚で手を戻します。1コマ空いて31枚目で一気にパンチ、3コマ空いてリアクションを3枚します。1コマ打ち2枚スペーシング狭く次のパンチに移り、1コマ空いてうららのパンチをガート、2枚でリアクションをしてカットが終わります。普通に上手い1コマ打ちと2コマ打ちの対比です。シュルマニエリスムと関係ないので省きますが、スペーシングと時間の対比は見事です。頭が弱い人にとっては、ピカソを認めるのは「ああ見えて実は絵が上手いから」だそうですから、藤井さんが上手いということを書いておけば、簡単にシュルマニエリスムを支持するようになるに違いありません。
cut5。本シークエンスのハイライトと言うべきカットです。コマ打ち・スペーシング・タイミングは至って平凡ですが、見るべきはうららの顔に入ったギザギザであることは異論の無いところでしょう。ギザギザ、業界では「溶かす」や「ブレ」と言うこともあるそうで、動きを強調することが出来ます。その形態の異質さによって、単なるアクションの過程ではなく、アクションにおける副次的なアクセントとして描かれることもあります。藤井さんもそのようなギザギザの使い手でした。足や手には勿論、作画T.Uしてギザギザのみが画面を覆うようなアニメートで魅せていましたが、アクションの過程として、ときには顔にでさえギザギザを入れるという点で異彩を放っていました。いとも簡単に顔を凌辱して見せることで、顔も手も動くものとしてアニメーションでは同価値であることを示し、キャラクター主義の浅薄さをまざまざと提示したのでした。
しかし、上記のいずれもギザギザがアクションの従者という構図は変わっていません。これをcut5はひっくり返したのです。一旦しゃがんだうららが「ハアアアアアア」と叫びながら立ち上がるとき、クローズアップになった顔全体にギザギザが入っています。そんな常軌を逸した描画に顔の輪郭に基づく河野の逆三角ががっちり嵌って、恐ろしいまでに力強い、しかしながらも乱雑さは無く、線の一本も容易には消せないような感動的なまでに完成されたアニメートとなっています。
アニメートのマニエラという立場から見れば、ギザギザの用途を転化したに過ぎません。cut1のアクセントも然り、シュルマニエリスムに一切の革新性はないのです。与えられた積み木で塔を作るのがマニエリスムで、聖母マリアを作るのがシュルマニエリスムです。聖母マリアを作ったのは素晴らしいですけど、そのために自分で木を切って新しいを積み木を作ることはしませんでした。つまり手法に依存しているのです。彼が次に作るであろう磔刑後のキリストも積み木の組み方を変えただけになるに違いありません。シュルマニエリスムは、マニエラの言わば敬虔なる信徒なのです。むしろマニエリスムよりマニエラを信仰していると言えるでしょう。マニエリスムのアンチテーゼなのですから、その先にはやはりマニエラしかありません。ならばこそマニエラを作り続け、マニエラを問いかけ続けるのです。
河野宏之氏など抜きん出た才能のある人のアニメートには必ず、創造性とマニエラが同居しています。既存のマニエラを用いながら、それを当て嵌める箇所の驚くべき的確さによって、至上なひと時を作り上げます。それも創造性に含まれるのですが、ここではむしろアクションを構成するセンスのことを指します。これはなかなか後天的に獲得し得ないものらしく、トップクラスのアニメーターは必ず若いうちから注目を集めています。そこで、平凡なアニメーターが選ぶべき道がシュルマニエリスムなのです。無いものはしょうがないので、既存のマニエラに頼っているものと差を付けるには、マニエラを洗練するしかありません。この積極的な採用によって日本のアニメートが豊かな混沌を呈し、文化的な成熟が成し遂げられることを期待します。
ここからは余談です。「映画プリキュアオールスターズDXみんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」のDVDに入っていた「プリキュアオールスターズGOGOドリームライブ!ディレクターズカット版」を参考のために観たところ、出来の悪さが目に付きました。スプラッシュスター組が俯瞰でスタジアムに走っていくカットで動画のミス、伊東仁美とかいう娘の身長が3mくらいありました。最後皆で踊っているところをカメラが左から右に移動するところで色パカ、りんちゃんの目がのぞみと同じ色になっていました。
劇場版でこんな明らかなミスなんて考えられません。エンディングテロップに動画と仕上の欄がないのも当然です。まあでもどうせ南国産だったんでしょう。出来て15年以上経っているのに、未だに劇場本編の動画・仕上げも任せられないようなところの存在価値がイマイチ解りません。早く潰れればいいのに。
まーた一週間勉強しませんでした。もう今週から絶対やる。でも今日はもう遅いから明日から頑張る。明日から。
「良いアニメートは悪いアニメートではない」とするのは、賢いとは思われないけれども間違いにはならないでしょう。個人的に考える悪いアニメートとは「動かすために動かす」というもので、僕はそれをマニエリスムと呼びました。昨日丁度いい例を拝見しまして、ハルヒのライブアライブがぴったり当て嵌まります。とりあえずツメとけ、みたいな。ツメとけばアクションのリズムが変わるから良いだろう、みたいな。しかし、ツメたことで獲得したのはツマる動きの面白さだけでした。手法を目的化したことで、創作活動を放棄するに至った訳です。
形式的な手法に依存しないシュルマニエリスムはマニエリスムに対しています。したがって良いアニメートです。それなのに、訳が分からないとか言ってずっと具体的な言及を避けてきました。そこで今回はシュルマニエリスムの先駆である藤井孝博さんの「映画YES!プリキュア5鏡の国のミラクル大冒険」における原画パートと思われる箇所を詳しく観て、その本質に迫ろうと思います。
うららとダークレモネードの最後の戦闘のシークエンスです。便宜上ここのファーストカットをcut1とします。
cut1。何も書いていなければここはダークレモネードのことです。後でうららがインしてきますが、コマ打ち・スペーシング・タイミングは変わりませんし見所もあまりありません。2コマベースです。カットの頭(0枚目)が肩辺りのクローズアップ、そして5枚でカメラから遠ざかります。1枚目で顔をインさせます。その恐ろしい顔が映るのはたった2コマの間なのできちんと認識することは出来ないはずですが、実用性ではないのです。これは良いアニメート全般に言えることで、彼らは「表現するために動かす」のです。このとき動きが一般的な動画手法を用いていないならば、シュルマニエリスムに分類されます。その概念は、既存のマニエラを用いずに新たなマニエラを提示していることがマニエリスムへの強烈なアンチテーゼである他方で、そのマニエラがあらゆるアニメートに対する問題提起となっているという二重構造です。アクションの中に前後の絵とやや馴染みが薄くかつインパクトの強い絵を入れることでアクセントとし、スペーシングの操作はあるとは言え均質的な2コマ打ちに動きを与えようとするのがここの目的でしょう。うららの9・10枚目も同じです。
6から8枚目は藤井蹴りです。藤井さん=シュルマニエリスムみたいなところがありますが、ここは普通に上手いアニメートでした。やや左向きの同じようなポーズでスペーシング狭く4枚移動した後の6枚目で、身体と顔を一気に左に捻ります。このとき手はあまり変わりませんし、足も軽くギザギザが見えるだけで殆ど確認できません。身体のパーツを順番に動かすのは普通なマニエラです。インしてくるとは言えうららは背を向けていますから、2から5枚目は大体ダークレモネードを見ることになります。しかも全然動かないので、まず確認出来ないことはないでしょう。こうしてダークレモネードを推しておいて6枚目で身体だけをギュッと捻ると、アクションが変質した印象が残ります。7枚目で身体をオーバーラップさせながら左上に動かし、ギザギザがたくさん入った左足が脛までインします。6枚目とポーズをほぼ変えないで身体をアップポジションにしているので、運動の方向性が感じられます。スペーシング広く8枚目でうららに左足がヒットします。スペーシングの広狭というアクセント(の絵)を強調するのに一番普通なマニエラを使っています。ただし、7・8枚目間が普通じゃないくらいに広すぎるのが藤井蹴りのアイデンティティです。
9・10枚目で足を戻し、11枚目から14枚目までで右回転をします。15から23枚目までは地面から浮いた状態でほぼ止まっています。先ほどの上手いアニメートとここは正反対と言ってもいいような感じです。10枚目で全く気配がなかったのに11枚目でいきなり回り始めますし、15枚目をみると浮いているようですが、このステージの重力が小さいことを考慮しても、他のうららのシークエンスを見ると全く予備動作なしに飛び上がるというのは変です。整合性よりもアニメートの価値を重視するシュルマニエリスムの志向がこれに表れています。どうせ2コマ打ちなので、2から7枚目のようにきちんと強調出来る環境に無いと、どんな繊細な体重の描写でも確認できません。故にややこしい装飾を省いて右に左にアクションが交錯する視覚効果に賭けたのです。
24・25枚目でパンチ、スペーシングは普通に23小24大25です。3コマ空いてリアクション3枚、又3コマ空いて1コマ打ち2枚で手を戻します。1コマ空いて31枚目で一気にパンチ、3コマ空いてリアクションを3枚します。1コマ打ち2枚スペーシング狭く次のパンチに移り、1コマ空いてうららのパンチをガート、2枚でリアクションをしてカットが終わります。普通に上手い1コマ打ちと2コマ打ちの対比です。シュルマニエリスムと関係ないので省きますが、スペーシングと時間の対比は見事です。頭が弱い人にとっては、ピカソを認めるのは「ああ見えて実は絵が上手いから」だそうですから、藤井さんが上手いということを書いておけば、簡単にシュルマニエリスムを支持するようになるに違いありません。
cut5。本シークエンスのハイライトと言うべきカットです。コマ打ち・スペーシング・タイミングは至って平凡ですが、見るべきはうららの顔に入ったギザギザであることは異論の無いところでしょう。ギザギザ、業界では「溶かす」や「ブレ」と言うこともあるそうで、動きを強調することが出来ます。その形態の異質さによって、単なるアクションの過程ではなく、アクションにおける副次的なアクセントとして描かれることもあります。藤井さんもそのようなギザギザの使い手でした。足や手には勿論、作画T.Uしてギザギザのみが画面を覆うようなアニメートで魅せていましたが、アクションの過程として、ときには顔にでさえギザギザを入れるという点で異彩を放っていました。いとも簡単に顔を凌辱して見せることで、顔も手も動くものとしてアニメーションでは同価値であることを示し、キャラクター主義の浅薄さをまざまざと提示したのでした。
しかし、上記のいずれもギザギザがアクションの従者という構図は変わっていません。これをcut5はひっくり返したのです。一旦しゃがんだうららが「ハアアアアアア」と叫びながら立ち上がるとき、クローズアップになった顔全体にギザギザが入っています。そんな常軌を逸した描画に顔の輪郭に基づく河野の逆三角ががっちり嵌って、恐ろしいまでに力強い、しかしながらも乱雑さは無く、線の一本も容易には消せないような感動的なまでに完成されたアニメートとなっています。
アニメートのマニエラという立場から見れば、ギザギザの用途を転化したに過ぎません。cut1のアクセントも然り、シュルマニエリスムに一切の革新性はないのです。与えられた積み木で塔を作るのがマニエリスムで、聖母マリアを作るのがシュルマニエリスムです。聖母マリアを作ったのは素晴らしいですけど、そのために自分で木を切って新しいを積み木を作ることはしませんでした。つまり手法に依存しているのです。彼が次に作るであろう磔刑後のキリストも積み木の組み方を変えただけになるに違いありません。シュルマニエリスムは、マニエラの言わば敬虔なる信徒なのです。むしろマニエリスムよりマニエラを信仰していると言えるでしょう。マニエリスムのアンチテーゼなのですから、その先にはやはりマニエラしかありません。ならばこそマニエラを作り続け、マニエラを問いかけ続けるのです。
河野宏之氏など抜きん出た才能のある人のアニメートには必ず、創造性とマニエラが同居しています。既存のマニエラを用いながら、それを当て嵌める箇所の驚くべき的確さによって、至上なひと時を作り上げます。それも創造性に含まれるのですが、ここではむしろアクションを構成するセンスのことを指します。これはなかなか後天的に獲得し得ないものらしく、トップクラスのアニメーターは必ず若いうちから注目を集めています。そこで、平凡なアニメーターが選ぶべき道がシュルマニエリスムなのです。無いものはしょうがないので、既存のマニエラに頼っているものと差を付けるには、マニエラを洗練するしかありません。この積極的な採用によって日本のアニメートが豊かな混沌を呈し、文化的な成熟が成し遂げられることを期待します。
ここからは余談です。「映画プリキュアオールスターズDXみんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!」のDVDに入っていた「プリキュアオールスターズGOGOドリームライブ!ディレクターズカット版」を参考のために観たところ、出来の悪さが目に付きました。スプラッシュスター組が俯瞰でスタジアムに走っていくカットで動画のミス、伊東仁美とかいう娘の身長が3mくらいありました。最後皆で踊っているところをカメラが左から右に移動するところで色パカ、りんちゃんの目がのぞみと同じ色になっていました。
劇場版でこんな明らかなミスなんて考えられません。エンディングテロップに動画と仕上の欄がないのも当然です。まあでもどうせ南国産だったんでしょう。出来て15年以上経っているのに、未だに劇場本編の動画・仕上げも任せられないようなところの存在価値がイマイチ解りません。早く潰れればいいのに。
まーた一週間勉強しませんでした。もう今週から絶対やる。でも今日はもう遅いから明日から頑張る。明日から。
