ふたりはプリキュアマックスハートビジュアルファンブックが届いた
vol1・2を同時に買ったんですけど、何と言ってもvol1に載っていた河野さんの版権が素晴らしすぎる。冗談じゃなくこの一枚で一万円出してもよかったくらいです。vol2には版権がなかったどころか寄せ書きにも名前がありませんでした。河野さんかわいそうです。
例の版権、開口一番に目に飛び込んでくるのは画面右手でずっこけている仙台エリでしょう。構図の異様さにさすが河野さんだとしばし笑い転げた後、両隣にいるなぎさと女の子を見ます。その二人の目線は仙台の方に向けられており、再び仙台を見ることになるんですね。視線誘導です。そこで仙台に対する巧みなデフォルマシオンに気付かされます。両手や頭とその他の部分との大きさの比例は極端に強調されており、画面から飛び出さんばかりの臨場感を持っています。シンプルな線と影で構成された仙台の手や表情からは滑稽さが感じられます。彼女の左右の腕の斜めのラインがすぐ上に大きく描かれているバトンのラインを呼び込み、その隣にいるなぎさ、なぎさの左にいる女の子のラインと呼応して画面にダイナミックな右斜めのラインの潮流を作り出します。それに対するのは画面左手にいるほのかやひかり達の左斜めのラインで、奥にいる真ん中の女の子、仙台の左隣にいる女の子のラインを取り込んで、画面に危ういバランスを与えます。
一頻り個別のモティーフを見ていったので、今度は全体を俯瞰してみましょう。すると、この絵で瞼を開けて目を見せているのは主要な人物では先の二人のみであることに気付きます。これは当然視線誘導を補完しているんですね。ここでなぎさの左の女の子に注目します。当然目は閉じている訳ですが、これはつまり主要モティーフである仙台の転倒に対して反応を示していないということです。彼女の身体は画面左方向、画面外への方向性を示しています。一方でやはり目は閉じており絵の真ん中で一生懸命走っている、また丁寧にバトンの延長線上に位置して存在を強調されているなぎさの右隣の女の子は、プロポーションを縮小されて描かれていることにより、なぎさ達よりは後ろにいることが分かります。彼女達二人を抽象すると時間というワードが導かれ、具体的に言うならば前者は未来、後者は過去を表しています。仙台の転倒は画面内における現在でありそれを無視している、表しているのはコースの前後であるということからこの二人の存在は、絵が立体的な見方を要求しているに他ならないのです。そうでなくても、今にもアニメーションとして動き出しそうなこの絵を見ると、運動会もいよいよ最後の競技クラス対抗リレー、赤と白の点差は非常に僅差でこのリレーの勝者が優勝となる。三年生女子にバトンが渡る、仙台がストライドの小さな走りで得意気に先陣を切る。後続集団はここまで失敗続きでいいところを見せたいなぎさを中心に猛烈に追い上げる・・・・そして仙台が転倒みたいな。で、結局負けちゃって帰り道、落ち込むなぎさと仙台、それをほのかとひかりさんが懸命に励ます。というような物語を容易に構築出来るはずです。
アニメートにおいてはスペーシング・タイミング・創造性を、一枚絵においては視線・構図・時間を完璧に支配して画面を確固たる秩序のもとに治める河野宏之氏は、やはり天賦の才を与えられた者と言えるでしょう。そんな氏の作品を享受出来ることを感謝しつつ、より知識を深めていこうと思います。
例の版権、開口一番に目に飛び込んでくるのは画面右手でずっこけている仙台エリでしょう。構図の異様さにさすが河野さんだとしばし笑い転げた後、両隣にいるなぎさと女の子を見ます。その二人の目線は仙台の方に向けられており、再び仙台を見ることになるんですね。視線誘導です。そこで仙台に対する巧みなデフォルマシオンに気付かされます。両手や頭とその他の部分との大きさの比例は極端に強調されており、画面から飛び出さんばかりの臨場感を持っています。シンプルな線と影で構成された仙台の手や表情からは滑稽さが感じられます。彼女の左右の腕の斜めのラインがすぐ上に大きく描かれているバトンのラインを呼び込み、その隣にいるなぎさ、なぎさの左にいる女の子のラインと呼応して画面にダイナミックな右斜めのラインの潮流を作り出します。それに対するのは画面左手にいるほのかやひかり達の左斜めのラインで、奥にいる真ん中の女の子、仙台の左隣にいる女の子のラインを取り込んで、画面に危ういバランスを与えます。
一頻り個別のモティーフを見ていったので、今度は全体を俯瞰してみましょう。すると、この絵で瞼を開けて目を見せているのは主要な人物では先の二人のみであることに気付きます。これは当然視線誘導を補完しているんですね。ここでなぎさの左の女の子に注目します。当然目は閉じている訳ですが、これはつまり主要モティーフである仙台の転倒に対して反応を示していないということです。彼女の身体は画面左方向、画面外への方向性を示しています。一方でやはり目は閉じており絵の真ん中で一生懸命走っている、また丁寧にバトンの延長線上に位置して存在を強調されているなぎさの右隣の女の子は、プロポーションを縮小されて描かれていることにより、なぎさ達よりは後ろにいることが分かります。彼女達二人を抽象すると時間というワードが導かれ、具体的に言うならば前者は未来、後者は過去を表しています。仙台の転倒は画面内における現在でありそれを無視している、表しているのはコースの前後であるということからこの二人の存在は、絵が立体的な見方を要求しているに他ならないのです。そうでなくても、今にもアニメーションとして動き出しそうなこの絵を見ると、運動会もいよいよ最後の競技クラス対抗リレー、赤と白の点差は非常に僅差でこのリレーの勝者が優勝となる。三年生女子にバトンが渡る、仙台がストライドの小さな走りで得意気に先陣を切る。後続集団はここまで失敗続きでいいところを見せたいなぎさを中心に猛烈に追い上げる・・・・そして仙台が転倒みたいな。で、結局負けちゃって帰り道、落ち込むなぎさと仙台、それをほのかとひかりさんが懸命に励ます。というような物語を容易に構築出来るはずです。
アニメートにおいてはスペーシング・タイミング・創造性を、一枚絵においては視線・構図・時間を完璧に支配して画面を確固たる秩序のもとに治める河野宏之氏は、やはり天賦の才を与えられた者と言えるでしょう。そんな氏の作品を享受出来ることを感謝しつつ、より知識を深めていこうと思います。
